人生、もっと軽やかに、次に行こうと思った。 

◎今村泉(ジュエリーアーティスト・エージェント、京都) 

 今村さんがフランスと出会ったきっかけは、東京のデザイン学校に通っていたとき。語学留学でイギリスに長期滞在中、パリも訪れた。東京では、松山から出てきて、知り合いもいなく、バックボーンもない大都会で自分を見失っていた。「海外に出て暮らしたことで、惹かれるものがありました」
 1990年、学校を出ると東京の商品企画の会社に就職したが、いつか外国で暮らしたいという気持ちがあった。2年ほど勤めたころ、知り合いでフランスでインテリアや内装の会社をやっている人が働く人を探しているという話をもらった。そして1993年に渡仏。
 結局はその会社で働くことはできなかったが、せっかく来たパリ、とりあえずフランス語は身に付けようと思った。次の転機が訪れたのは1994年、花屋の共同経営者に誘われたとき。華道の先生が親戚にいて、生け花もやっていたし、東京でウィンドーディスプレイの仕事もしていた。プロになるつもりはなかったが、花は身近なものだった。そしてパリで花屋の仕事を始める。1998年、フラワーコーディネーターとして独立。それからの約10年は充実した時を過ごす。この頃にはもう自分はパリにずっと住むものだと思っていた。
 しかし、新たな転機がやってくる。当時は少しずつ仕事の量が減ってきていた。ある日、8区の一つ星レストランでランチをしていると、オーナーシェフから話しかけられた。隣でやっているフラワー教室で教えてみないかと声をかけられた。さらにしばらくすると、レストランのビジネスアシスタントが辞めることになり、かわりに働くことになった。
 2007年、仕事は見つかり、生活は安定したが、この頃から、「フランスの生活が重たい」と感じ始めた。「美しいものに囲まれて、美しい生活をしたいと思っていったのが、だんだん楽しくなくなってきました」、「もっと軽やかに生きたいけど、フランスにいたらできないんじゃないかという漫然とした不安」があった。全部やることはやった。独立もしたし、会社でも働いたし、パリにも住めた。フランス語もできるようになった。これからという時だったかもしれないが、外国人としてフランスの重いシステムの中で生き続けるエネルギーがなかった。東京とは別の閉塞感を感じ始めた。最後の数年は「もっと軽やかに生きたい」と考えていた。
 2011年秋、日本に3ヵ月ほど帰る機会があった。自分が歳を重ねたこともあるかもしれないが、日本は「簡単で、軽い」と感じた。パリが嫌いになったわけではないが、環境を変えたかった。いつも自分の感覚で行動するとうまくいく今村さん、直感に従って日本に帰ろうと決め、20年のフランス生活に区切りをつけ、2012年春に日本に戻った。
 「すべてが人との出会いとタイミング」。日本ではどこでどう働くかは考えていなかったが、以前東京で上司だった友人がいて、就職活動で訪れた京都に魅せられ、京都に住むことに。その後、その友人も働く、オーストラリア人のジュエリーデザイナー、ブルース・ハーディングのアトリエでエージェントとして働くことになった。「ひとつ終わらせて、また新しく始めるときに京都に出会いました」これからの人生が楽しみだ。(樫)
写真:京都市の北部にあるジュエリー工房は、四季の変化が感じられる気持ちのよいところだ。
Dreamtime:www.kyotobruce.com

Une vie…plus légère !… passons à l’étape suivante !   IMAMURA Izumi, Agent de créateur de bijoux, Kyoto
Après plus de 10 ans de vie bien remplie à Paris, Izumi avait bien appris le français ; elle était devenue co-gérante d’une fleuriste puis fleuriste à son compte ; elle avait aussi travaillé comme assistante de gestion dans un restaurant étoilé. 
Les années passant, elle a ressenti que « la vie en France était pesante». « Je voulais une vie moins contraignante, mais j’avais une vague crainte de ne pas pouvoir la réaliser en France». Etrangère, elle n’avait plus d’énergie pour affronter la pesanteur du système français. Elle se sentait comme quelque peu claustrée. Durant les dernières années en France, elle a cherché en vain à «vivre plus légèrement».
Automne 2011, elle part au Japon pendant 3 mois. Alors elle trouve la vie «plus simple et plus insouciante». Ce n’est pas qu’elle n’aimait plus Paris, mais elle voulait changer de vie. Suivant son intuition, elle rentre au Japon en 2012,  après avoir vécu près de 20 années à Paris. 
Actuellement, elle travaille pour un créateur de bijoux à Kyôto. «Une vie avait pris fin. Et au moment d’en commencer une nouvelle, j’ai rencontré Kyôto». Une nouvelle vie, pour elle, très prometteuse.


 

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