画家のエルヴェ・アングランさんが住んでいるのは、のみの市でおなじみの町モントルイユ。かつては、パスティスのPernod社、キャンディーのKréma社のキャンディーなどの工場が密集していた地区で、20世紀半ばには約700の工場を数えた。エルヴェさんのアトリエも、19世紀後半からウサギの皮の加工工場として有名だったChapal社の工場跡内にある。だが昨今は、都市開発が進み、家賃も跳ね上がっている。「僕は2005年にアトリエを見つけたからギリギリセーフかも。友だちの中には、パリでは住めない、庭付きの家を求めて移り住んできた人もいるけれど、今は高くて簡単には住めないよ」
エルヴェさんによると、モントルイユは「動くことを止めない町」。古くからの住民、マリ人らの移民、アーティスト、小金持ちファミリーなどが交錯しているという。文化の融合のただ中に身を置くことは、世界にアンテナをはりながら、画家として、時に版画・写真・立体造形と素材を問わず奔放に作品を制作し続けるエルヴェさんにとっては刺激的だろう。数年前からは様々な国籍の人を描くプロジェクトも進めているというが、モデルにはこと欠かないはずだ。
さてモントルイユのもうひとつの顔、それは映画黎明(れいめい)期に輝きを放った町だということ。あまり知られていないが、アニメーション映画の先駆者エミール・レイノーの故郷であり、シャルル・パテやジョルジュ・メリエスのスタジオがあった場所なのだ。地下鉄9号線Croix de Chavaux駅近くのメリエスのスタジオ跡には、おなじみ『月世界旅行』のお月さまのイラスト。その下には記念プレートがあり、「メリエスはここで500本以上の映画を作った」とある。しかし、「世界最古のスタジオのはずなのに、こんなに小さなプレートとは悲しい! 文化遺産があっても保護するお金がないのさ」とエルヴェさんは嘆く。それでもメリエスの名を冠した公営映画館は、独自のプログラムで気を吐いている。パリのお隣の穴場、映画好きなら迷わず足を運んでほしい。(瑞)
●Folie d’encre
1981年にオープンした本屋さん。討論会、読み聞かせ会、サイン会も活発で、地元のファンに支えられている。練られた本のセレクションも、読書家エルヴェさんお墨付きだ。エルヴェさんは、ここで推理小説やバンド・デシネをよく購入している。月12h-19h、火〜土10h-19h。
9 av. de la Résistance 01.4920.8000
M° Croix de Chavaux
●La Folle Blanche
エルヴェさん行きつけの地元カフェ。陽気なベルベル人のご主人がサンパ。カフェ1.8€(カウンター1€)、ステラビール2.8€(カウンター2.3€)と郊外価格が嬉しい。肉料理中心の食事も可。7€の子どもメニューもある。8h-0h。無休。
8 rue du Capitaine Dreyfus
M° Croix de Chavaux
●Cinéma Le Méliès
おそらくはフランスで一番有名な公営映画館。攻めのプログラムに加え、映画人たちとの討論会も魅力だ。マノエル・デ・オリヴェイラ、ホン・サンス、ピーター・ボグダノヴィッチが来たこともある。今秋には、隣のMairie de Montreuil駅に移動し、華麗に生まれ変わる予定。
7 av. de la Résistance, Centre commercial
M° Croix de Chavaux
さまざまな国籍の人々の顔を描く プロジェクトも続行中。
メリエスのスタジオ跡。見上げると「月世界旅行」の1シーン。
エルヴェさんの紹介サイト www.mummeryschnelle.com/ pages/ingrand.htm
アトリエはウサギの皮の加工工場跡。
謎の建物はコンセルヴァトワール(国立高等音楽・舞踊学校)。