日本でよく食べる「ナポリタン」の話をすると、アンドレア・デ・リチスさんは顔をしかめた。「イタリアにはそんな食べ物は存在しない」という。そして料理本の棚から「パスタ事典」を取ると、「フランス人のアルデンテですら、ぼくたちにはコシが足りないくらいだよ」とため息をついた。
彼は9区にあるイタリア語書店〈La Libreria〉の共同経営者の一人。もともとローマで人文書の翻訳をしていたが、2006年に書店を立ち上げた知り合いに請われて、翌年にパリにやってきた。今でも昼間は書店で働きながら、雑誌「Courrier International」のイタリア語版といえる「Internazionale」のために記事を訳している。
入り口にイタリアとは全く関係のない推理小説などが置いてあるので理由をきくと、「この地区には本屋がほとんどないから、近所の人たちの要望を入れて一階はフランス語、地下はイタリア語の書店にしてしまった」とのこと。
書籍は他の品物とは違って、商売上のノウハウはもちろん、著者や読者の傾向などにも精通していないと外国人には簡単に手が出せるものではない。イタリアという特色を守りながらも、地域の書店としてみんなのニーズに応えている書店は、19世紀から20世紀はじめにかけて「マカロニ」、「リタル」などと蔑視されながら、いまやフランス社会に溶け込み、様々な分野で一翼を担っているイタリア人のコミュニティーそのものを象徴しているようでもある。アンドレアさんによると、親や祖父母の母国語を学びたいという移民2世、3世の客が多く訪れるという。コミュニティーとして成熟し、自分たちのルーツをある程度の距離をもって見ることができるようになったともいえる。
地下にはダンテの『神曲』が平積みされていた。イタリア人でも簡単に読めるものではないらしく、開いたページの本文にはびっしりと解説がついていた。それでもよく売れるのだという。我々の文脈に直せば、原文の『源氏物語』が売れ筋になっているようなもの。彼らの古典への愛着には驚くばかりだ。
もちろん、新刊書も売れている。パリのイタリア語書店としての強みは、本国の作家たちが仏語版の刊行で来仏する時に自作朗読などで店に立ち寄ってくれることだ。仏伊両方の読者に同時にふれ合う絶好の機会であるため、〈La Libreria〉は著者たちにとっても「避けて通れない場所」になっている。
文学談義もいいが、やはり気になる「本場のアルデンテ」。だが、どうやれば作れるのか教えてくれる前に、アンドレアさんは「子供を迎えにいく時間だから」と店を出て行った。パパがつくるコシのあるパスタが食べられる子供がうらやましくなった。(康)
La Libreria : 89 rue du Faubourg Poissonnière 9e
01.4022.0694 www.libreria.fr
La Piccola Toscana
トスカーナ出身の陽気なお兄さん二人の総菜店・レストラン。仕事帰りの一杯には最適と、アンドレアさん。
10 rue Rochambeau (Square Montholon) 9e
09.5104.4635 www.piccola-toscana.com
10h-23h30。日休。