母国語で読むということ〈イディッシュ語編〉

העלא(ショレムアレイヘム)こんにちは!

 西暦70年のローマ帝国による追放から、1948年のイスラエル建国にいたるまで、国を持たず、世界中をさまよったユダヤ人。特に東欧に移住したアシュケナジムと呼ばれる人々の使っていたイディッシュ語は、ディアスポラ言語の代表と言ってよい。聞きなれない言語だけれど、1978年にノーベル賞を受賞した作家イザック・シンガーや民謡『ドナドナ』などで日本でも知られている。
 オヴニー編集部の近くにイディッシュ文化センター(29 rue du Château d’Eau)があると聞き、お邪魔してみた。企画担当のエステル・ユラックさんに案内された文化センター内には、マレ地区で見るようなヘブライ文字の本があふれている。ページを繰るとやはりヘブライ語のように右から左に文字が並ぶ。だがイディッシュ語は東欧諸語やドイツ語の影響を大きく受けており、子音しか表記しないヘブライ語と異なり母音も表記するのだという。
 1929年、当時のユダヤ移民たちが貸し借りしていた本を元に設立された図書館がこのセンターの起源。現在は図書館を核として語学講座はもちろんのこと、ダンスや歌唱、演劇などの授業も行っている。またイディッシュ語書籍のほか映像音楽媒体も刊行しており、コンサートなどのイベントも一般に公開している。
 現在の蔵書数は約3万タイトル、10万冊。「ここは世界で3番目に大きなものです」というエステルさん。世界で最大のイディッシュ語図書館はエルサレムにあり、次いでニューヨーク。図書館の大きさは、イディッシュ語話者のコミュニティの大きさに比例しているという。
 イディッシュ語ネイティブも、第2次大戦前には400万人を数えたが、ホロコーストによって激減したほか、戦後に子供をイディッシュ語で育てることをためらう親が多かったためにさらに激減。現在ではこの言葉を母語とする人は全世界で30万人足らず。エステルさん自身も両親からではなく、センターの講座で学んだひとりだ。
 はからずも廊下から聞こえてくる合唱レッスンの声をBGMに、エステルさんが大戦中のこんなエピソードを話してくれた。パリが占領されたある夜、図書館のあった建物の管理人が、ドイツ軍の捜査が翌日に迫っているのを知った。当時の館長は、彼からそのことを告げられると、17世紀の聖書などを含む3千冊もの貴重な蔵書を、一夜のうちに不眠不休で地下に運んで隠し、没収を免れたという。「命を賭けてでも母国語を守るだけの勇気がお前にはあるのか?」と問いかけてくるような、そんな話である。(康)
●Chez Marianne 
エステルさんおすすめのレストラン。古くからのユダヤ人街にある。併設された食品コーナーでカラスミ、ユダヤ菓子なども手に入って楽しい。
2 rue des Hospitalières St-Gervais 4e 01.4272.1886  
M°Saint-Paul
12h-16h/19h-1h。年中無休。


 

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