9月15日。カメラ愛好家で賑わう土曜日のボーマルシェ大通りに異様な人だかりができていた。「x」印が引かれたプーチン大統領の写真やキリル文字(ロシア語)のプラカードを手にした人々が大声で「ロシアに言論の自由を!」と叫んでいる。祖国で大統領を風刺した女性バンド〈プッシー・ライオット〉が厳罰に処せられたことに、パリ在住ロシア人たちが抗議していたのである。彼らが集っていたのはロシア語書店〈Librairie du Globe(地球書房)〉の前だった。
数多くの国の人々が暮らすパリは、まさに「言語のるつぼ」。この〈オヴニー〉をはじめ、各々の外国人コミュニティーが自分たちの言語で情報誌を発行し、サイトを運営し、書店を開いている。母国語で読むということは、故郷の味を人がいつまでも懐かしむように、かけがえのないものなのかもしれない。ふと、こんな疑問を連載として取り上げてみたくなった。パリで画家を続けている友人の韓国人、よく行くカフェのルーマニア人のウェイトレスは、母国語で何を読んでいるのだろう?
そんな疑問に突き動かされるように後日、〈地球書房〉を訪れてみた。キリル語の背表紙が並ぶ中、店員ナルギザさんが迎えてくれた。ショーウィンドウに「全品半額」の札が貼ってあるのが気になって理由を聞くと、経済難で店の存続が危機に瀕(ひん)しているとのこと。
〈地球書房〉が開店したのは1952年。冷戦時代は左翼関係の本を求めるフランス人やロシア人亡命者、作家のヴィクトル・ネクラーソフなども足を運んだ。
だが、戦後パリに点在したロシア語書店も、近年の活字離れやアマゾンなどのネットによる通信販売の影響や、在仏ロシア人の多くが亡命永住者から学生や駐在員などの短期滞在者が主となるようになったことで客の数が激減し、今ではフランスで同店ともう一軒を数えるばかり。ロシア語情報誌〈Pensée Russe〉もネット配信だけとなっている。
〈地球書房〉の売り上げも一昨年から10%減った。窮状を打開しようとCNL(フランス図書センター)に支援を仰いだが拒否された。現在は在庫を半額セールで処分し、ひと口20ユーロの寄付を募りながら書房の存続を図ろうとしている。
そこまでも書店を守ろうとする意義を問うと、店主のフランソワ・デウェールさんは「この店は祖国から離れたロシア人にとって文化的な拠り所だから」と語気を強めた。
その言葉を裏付けるように、この8年間でロシア人作家の朗読会やサイン会などのイベントを120回も開催してきた。
店では現代作家のほか、古典や児童書、語学教材が良く売れるという。「村上春樹はロシアでは大ブーム。私も大好きですよ」と微笑むナルギザさん。異国で同じように母国語の活字文化に携わるものとして、熱いエールを送りたい。(康)
Librairie du Globe : 67 bd Beaumarchais 3e
01.4277.3636 www.librairieduglobe.com
月〜金14h-19h30、土10h30-20h。日休。
●ナルギサさんおすすめのレストラン
Da-Niet〈ロシア風ビストロ〉
5 rue de Lancry 10e 01.4452.9163 M°République
コースは昼14€、夜18€から。
手ごろな値段で本格的なロシア料理が楽しめる。