新作が大量に製作されては、そのほとんどが一瞬で消費され、闇に葬り去られるこのご時世。カルロッタ・フィルムは、映画史に輝く過去の傑作に新しい価値の付加を試み、現代に蘇らせているユニークな映画配給会社だ。昨年はイエジー・スコリモフスキの映画『早春』が、若い人から絶大な支持を受けた。
会社はもともと9区のモンマルトル大通りにあったが、2年前にバスティーユに引っ越してきた。「ここは1975年から雑誌〈カイエ・デュ・シネマ〉の編集部があった場所。カイエのスタッフから直接物件情報を教えてもらいました」と代表のヴァンサン・ポール=ボンクールさん。実は6年前から彼の自宅もバスティーユにあるので、まさに朝から晩までこの界隈で過ごしていることになる。
会社は往来が激しいフォブール・サンタントワーヌ通りから数十メートルほど入った場所だが、都会の喧噪(けんそう)はここまでは届かない。「中庭は緑もあり村の雰囲気。”Un havre de paix(平和の隠れ家)”だよ」
彼によるとバスティーユの魅力はこの二面性にある。映画館やブティック、レストランなど必要なものは至近距離にあり、常に活気に溢れている。だが隠れた小路も多く、ふいに閑静な異次元が眼前に広がる面白さ。時代とともに職人のアトリエは減ったとはいえ、本物を求める昔気質のエスプリはまだ界隈に漂う。それは「映画遺産を守る」という彼の仕事ともリンクしているようだ。
さて、もうすぐバスティーユの別の顔が見られるDVDがカルロッタから発売される。1920年代のモノクロのパリを映したドキュメンタリー『Études sur Paris』である。知られざる映像作家アンドレ・ソヴァージュのモダンで詩的な映像は、ジャン・ヴィゴやジガ・ヴェルトフの系譜に連なるもの。「バスティーユ近くを遊覧船が進む時に見える光の筋の美しさは、本作のハイライト!」なのだとか。現在もゆったりと進む遊覧船は、同じコースをたどり続けているという。(瑞)
●Swann et Vincent
ヴァンサンさんが足しげく通う人気レストラン。マルシェ経由の旬の野菜をふんだんに使った創作イタリアンだ。昼のメニューは17.5?。味と値段のバランスも見事。温かみのあるビストロ風の内装。日曜もオープンなので覚えておきたいアドレス。
12h-14h/19h-22h30。無休。
7 rue Saint-Nicolas 12e 01.4343.4940
●L’arbre à lettres
小説からアート、BD、児童書まで豊富に揃える街の本屋さん。最近ヴァンサンさんは、ここでジェームズ・グレイ監督のインタビュー本や、自分の子どもにプレゼントの絵本を買った。「一度入ったら、手ぶらでは出てこられないお店だよ」
月〜土10h-20h、日14h-19h。
62 rue du Faubourg Saint-Antoine12e
01.5333.8323
●Le Square Trousseau
フォブール・サンタントワーヌ通りに面する長方形の小公園。かつては孤児院があった。キヨスク(野外音楽堂)が風情たっぷり。ヴァンサンさんは子ども連れで遊びにくる。公園の角にあるビストロ〈Le Square Trousseau〉も彼のお気に入りだ。
9h-20h30。
小路には職人のアトリエが連なる。
www.carlottavod.com
20年代のパリがよみがえるDVD 『Études sur Paris』の中のワンシーン。© Succession André Sauvage
映画グッズに囲まれたヴァンサンさんの仕事場。
バスティーユ付近まで遊覧船が往来する。