ゾラの面影を探して…。

パリ郊外、メダンにあるゾラの家を訪れた。

料理上手のゾラの妻、アレクサンドリーヌが自慢にしていた台所。
料理上手のゾラの妻、アレクサンドリーヌが自慢にしていた台所。

パリ郊外イヴリーヌ県にあるメダンという村には、ゾラが住んだ家が残っている。取材にあたっては、ゾラのひ孫にあたるマルチーヌ・ルブロン=ゾラさんが案内役をかってくれた。
マルチーヌさんが一番好きなゾラの作品は『ジェルミナル』で、人生の指針になっているそうだ。「オプティミストだったゾラは、この作品の中で社会に対する〈希望〉を描いているのです。ゾラの本を初めて読んだのは13歳でしたが、その後、30代半ばに社会意識が目覚めてきたときに、また改めて読みなおすと違う発見がありました」。こうやって遺族の方に実際に会い話を聞くと、19世紀文学は現代を生きる私たちにとってもいたって身近な存在なのだと実感する。
エクス・アン・プロヴァンスで過ごした少年時代から、田園生活、水際での暮らしを愛して育ったゾラ。1877年、〈ルーゴン・マッカール叢書〉中の『居酒屋』の成功のおかげで、セーヌ川沿いの緑豊かな地、メダンに小さな家を買い求めることができた。続いて『ナナ』(1880)の発行後には書斎や台所のある四角い塔を建て増し、離れには編集者シャルパンティエ夫婦などを迎えるための別棟もつくった。『ジェルミナル』(85年)発行のころには、ビリヤード台や洗濯場を備えた五角形の塔を増築。ゾラの本は広く海外でも翻訳されたので、本の発行とともに収入もどんどん増えていった。マルティーヌさんいわく、「ゾラは投機家ではなかったから、建て増しはいつでも本のおかげ、働いて得たお金のおかげだったんですよ」。晩年は、ドレフュス事件に関する裁判費用や亡命など出費がかさみ家具などを売りに出したことも。この家を公開するにあたって必要な修復などは、文化に深い理解を示す実業家であるピエール・ベルジェ氏のメセナによって実現した。

台所から続いている厳かな様子の食堂。ゾラ夫妻の何よりの楽しみは食べることだった。
台所から続いている厳かな様子の食堂。ゾラ夫妻の何よりの楽しみは食べることだった。
食堂の壁を飾る ゾラ夫妻の肖像画。

食堂の壁を飾る ゾラ夫妻の肖像画。
食堂の壁を飾る ゾラ夫妻の肖像画。

食堂の壁を飾る ゾラ夫妻の肖像画。
ゾラの好みが反映されているステンドグラスに囲まれたビリヤード室。

ゾラの好みが反映されているステンドグラスに囲まれたビリヤード室。
ゾラ邸を訪れるゲスト用のアネックスだったこのスペースは近い将来「ドレフュス美術館」に%u3

ゾラ邸を訪れるゲスト用のアネックスだったこのスペースは近い将来「ドレフュス美術館」に%u3
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