「海賊がイヤだから『ピーターパン』は読まないで」と頼むミラ。もともと気は小さいが、ジルがミラに2歳で死んだ女の子の墓を見せたり、「日本では死体を焼いて骨を拾う」なんて生々しい説明をしてからが大変。数カ月に一度は死の恐怖で泣くのが恒例行事に。ジルは「いつも子供には本当の話を」と諭すフランスの精神科医フランソワーズ・ドルトの教えでも曲解したのか。オブラートに包める真実だってあるだろうに。
ある時は「ママ死んじゃヤダ!」と抱きついてきた。こっちとしては近く死ぬ予定はないのだが、もう死ななきゃいけない気がして困った。最近は「時々泣いちゃうの。死んだらどうなるかその感覚がわからない。だから眠れない」とベッドでつぶやいていた。悩みもいささかグレードアップしたらしく、親としては答えに迷う。たいていは前向きなことを言って励まそうとするが、かく言う自分も放り出された人生への不条理感が完全に打ち消せているわけでもなく、何とも頼りない。そんなことを友人に話すと「自分も小さいころ、死んだらどうなるか大人に聞いて困らせてたけど、だんだんどうでもよくなってくるんだよね」との返事が。そんなもんか。私たちは忙しさに任せ、不条理にもふたをして生きる術を得る。その一方で死をストレートにおそれる子供は、一見滑稽ではあるがなんだかとても自然な姿に見えてくるのだった。(瑞)