当たり前、とは限らない。

 以前ミラと日本に滞在した時のこと。ミラは和式トイレの使い方がよくわからず、結局、前後を逆に、しかもしゃがむのが怖いからと立って用を足してしまったと、後に本人から聞いて驚いたことがある。自分には当たり前過ぎてわざわざ教えないことでも、彼女にとっては当たり前でないことがあるのだとあらためて感じた。
 また最近のこと。私が風呂に入ってると、ミラが「電話だよ」と飛んできた。私は「後でかける」と伝言を頼み、風呂から出た後に友人にかけ直してみた。すると電話口でこの友人が、「さっきミラちゃんが出て、『みずえさんのお家ですか?』って聞いたら、『はい、私がみずえさんの子供です』」と答えて面白かった」と笑った。たしかに日本語としては正しくても、日本に住む子供ならばあまりしない言い回しだろう。思えば日本語での電話応対なんて当たり前に身に付くものとして、わざわざ教えてはいなかった。まあこれはこれでちょっと面白いから、不自然さを直すのももったいない気もするが。
 とはいえフランス育ちのミラに、逆に教わることもある。一緒に本を読めば、「なんで黒板は緑なのに黒板?」、一緒に散歩をすれば「なんで信号は緑なのに青信号?」などと聞いてくる。こちらが思い込む「当たり前」に容赦なく疑問を投げかけてくる。「言われてみればそうだよな」と、目を開かされるのだった。(瑞)