愛の感覚。 Faire l’amour

 デザイナーのマリーは、彼女の作品の発表会のために、恋人「語り手」と一緒に日本に行く。別れるために。発表会を開催するスタッフを除いて、登場人物はこの二人と、京都の伝統的日本家屋に住み、大学で講師を勤め、食後にはウイスキーを飲むベルナールだけのこの小説。お話を一言でまとめれば、如何に語り手がこの別れを生きるか、となるだろう。
 この単純な構成の中で表現されるのは一連の感受性。
 その感受性とは−「初めての接吻を先行する、かの美味なる時」を感じること、西新宿の高層ホテルの16階にあるプールで夜中、裸で泳ぎながら自己が「思考の無限と一体になり、思考の流れそのものとなり、時の流れ」であると感じること、別れを「行動というよりも状態、苦悶というよりも哀悼」と感じること、新宿駅西口の臭いにパリのそれを思い起こし感じること、京都の平安神宮の朱色を「熔けていて、クリーム状で、憔悴した赤」と感じること。そして、タイトルが示すように性的感受性。自己検閲というよりも読者の想像力を高めるためにあえて伏せ字*で。「突然、指の肌が感じたのは、軽く電気が走るようでいながら極めて活き活きとしており、柔らかくかつしっとりとした彼女の○の×だった。」第一部の最後の一文、地震直後の新宿駅南口、小雪の降る中、「東京には陽が昇っていて僕は彼女の×に○を△していた。」
 多くの作品が映画化されており、映画監督もつとめ、写真もとるトゥーサン、その文章はしばし「映像的」といわれるが、最も「成熟した」とすでに評価されているこの新作において、映像的なものは感覚的なものに裏打ちされていることは明らかであろう。(樫)

 


Jean-Philippe Toussaint,
Les Editions de Minuit., 2002, 184 p., 13

*伏せ字になっている字(順不同):sexe, trou du cul, enfonçais, doigt, intérieur


 1942年から44年にかけて、パリ郊外のドランシー収容所からアウシュヴィッツの強制収容所などに移送されたユダヤ人は6万7000人に達し、そのうち帰還できたユダヤ人は2000人以下とされている。
 この一冊には、検閲後に送られたり、肉親に送り返される汚れた衣類の間に隠されたり、アウシュヴィッツに向かう貨車の板の間から投じられたりしたユダヤ人の手紙の数々が、日付順に収められている。その内容は、検挙されたことを肉親に知らせ、日常の細々とした指示を書いたもの、政府に無実を訴えるもの、肉親や恋人への愛を語り希望を失わないようにと慰めるもの、未来への不安や絶望が感じられるもの…とそれぞれの人柄が現れている。「愛する妻へ。今日がドランシー最後の日だ。娘二人と一緒の君を見ることができたので元気いっぱいだ。安心しなさい。たくさんの友人も一緒で、ドイツに向かう。もしかすると、僕は負傷しているから、国境で釈放されるかもしれない。でもあまりあてにしてはいけない…」(真)“Ma chère femme adorée, C’est aujourd’hui mon dernier jour à Drancy. Aie confiance,
car je pars avec courage apres t’avoir aperçue avec nos deux filles.
Je pars avec beaucoup d’amis. Nous partons en Allemagne. Peut-être, etant arrivee a la frontière,
pourrais-je être liberte avec mes blessures, mais il ne faut pas y compter…”

Tallandier/18


 

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