人間の心理にまで深く入り込む。 “Les Couleurs de la vie “

 偶然にも相手を交換して浮気した二組の男女の話で幕が開ける。前半では、別居からそれぞれがもとのさやに落ち着くまで、後半ではまったく別のカップルの失踪事件が描かれる中に、前半の二組が微妙にからんでくる。
 オーストラリア人新進劇作家アンドリュー・ボヴェルは、男女間のありきたりな日常とみせかけながら、徐々に恋愛の機微や心情の移り変わり、人間の心理にまで深く入り込む。脚本が優れているのはもちろんだけれど、ディディエ・サンドル、ファニー・コトンソン、マリアンヌ・バスレー、ジャン=ピエール・マロという素晴らしい役者たちが勢ぞろいし、おまけに創造性豊かな舞台美術が場面場面の臨場感を盛り上げるのに貢献している。演出はミシェル・ファガドゥー。前半だけであきらめず最後まで見ることをお勧めする。(海)

*Comedie des Champs-Elyseees
01 5323.9919. / 08.9270.2120.
●Le Travail
 人が職場で過ごす時間は多い。週35時間がフランスの基本労働時間だとすると、単純に計算しても、一週間168時間のうちの5分の1以上を職場で過ごしていることになる。となれば、職場を生きがいの場と思う人がいてもちっともおかしくはない。男二人、女一人が働くオフィスがある。机の上に置かれた紙を時には機械的に、時には注意深く読んでいる彼らの一人が、上司の部屋へと呼ばれていく。戻ってきたその人物は、昇進したあかしのバッヂを胸に付けている。とり残された二人のねたみ、ひがみが露わとなり、昇進した人物は満悦と自慢、そして同僚たちへの軽蔑をあからさまにする。一人が昇進すればもう一人は格下げされるシビアな世界では、上司の機嫌をどうとるか、どうやって同僚を蹴落とすかが仕事より重要な課題となる…。
 ジャン=クロード・コティヤール作のこの芝居では、これらすべてが無言劇として展開されていく。無言といっても会話がないだけで、音楽や意味不明の台詞、各種の音や騒音は私たちの耳に入ってくる。仕事に燃えるキャリア型の女性、さえない中年男、お調子者の若い男を、三人の役者たちが体当たりで演じてみせる。台詞はなくてもジェスチャーや顔の表情だけで個人の性格が描写されているのには感心する。ただ早いテンポが崩れた後半部が異様にまだるっこく感じられたのは否めない。大音響と共にオフィスの破壊を予期させる最後の場面は、(何の事件を暗示するのか)意味がなく、安易すぎる気がして、少し興ざめしてしまった。

*Theatre du Renard :
12 rue du Renard 4e 01.4271.4650 
火-土/21h 15€~20€


DANCE
●Herve ROBBE
《Des horizons perdus失われた地平線》
 「踊り始めた頃、同時に頭の中では家をえがいていた。意識の深くに隠れている感情がパラドクサルに空間へ僕を突き動かす。そこに立つ時僕の体はダンスという言語にあやつられるんだ」。61年生まれ、ダンスに進む前は建築を学んでいた彼の身体表現の抽象性は、ダンサーの生身の身体を通じて舞台という空間にあらわにされる。過去にも、観客と同じ空間上にダンサーたちとRichard DEACONによる彫刻群が時間空間を創っていく試みや、居住空間—家と身体の関わりをダンスビデオインスタレーションとして発表し、その後装置を舞台上に移し実際のダンサーの身体によって再構築するなど、個人の身体の内面からそれをとりまく外部である公共の空間へ、対話は様々に試みられる。新作では「庭という表象—描写」をテーマに、ミニマルな舞台構築上にシナリオ、そして庭の表象としてのビデオ映像によるヴァーチャルな空間と、現在を生きていく身体の対話はさらに発展し続ける。(珠)
29日~31日/20h30
*Theatre de la Ville :
2 place du Chatelet 4e 01.4274.2277