「あなたは心理療法の名医だというので診て頂きたくて…」と慇懃な口調で話を切り出す患者は、初診からくる緊張のせいか、それとも天性のせいか、落ち着きなく言葉を短く切りながら、自分の悩み、過去についての話を始める。センスはさておき上質のスーツや革靴を身につけた患者は、自らを「ビジネスマン」だというが、口調からするとかなりやくざな商売に手を染めているらしい。とりとめのない患者の話を、心理療法の名医は無言で聞きつづける。時々ノートをとっているようだが、たぶんたいしたことは書き留めていない。患者の話がひと段落したところで、初日の診療が終了する。名医は「もう来なくていい」というのだが、患者は「金は惜しまないからまた会ってくれ」と懇願する。 トニノ・ベナキスタによるこの舞台劇は、『ある契約』というそのタイトルが示すように、医者と患者の間に交わされる契約(約束)が主題となっている。医者にとっての「契約」とは患者が快復に向かうよう治療することを意味するが、患者にとっては自分の秘密は医者以外の人間に知られてはいけない、というものである。この解釈の違いが最後のシーンへと繋がっていく。自分の内心を打ち明け、また人から打ち明けられることは実は危険なことなのだ。 やくざな初老ビジネスマンを演じるジャン=ピエール・カルフォンと、自制のし過ぎでストレスがたまっていそうな医者を演じるリュフュス、というベテランの一騎打ちは、二人が本音を打ち明け始める2幕目から面白くなっていく。患者のモノローグから成る1幕目にもう少し変化や動きがほしかった、と演出のカトリーヌ・ゴンドワに望むのは贅沢か。(海) |
C:.ROBERT-ESPALIEU / STARFACE *Studio des Champs-Elysees : |
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●Les Plaisirs scelerats de la vieillesse 若い秘書と同性愛の悦びに耽りながら頓死する一国の主、ピザの配達人に説教する金持ちの男、実の孫息子と恋愛中の老人、そして若い男を手込めにしようとする英国女王…ミシェル・フィリップの短劇4作で構成されたこの舞台『老いへの悪趣味な悦び』は、その題名のとおり老いてますます健全で「老いる」ことに少しも恐怖を抱いていない老人たちを描いている。質のいい演技とブラック・ユーモアに加え、チャーミングな舞台美術(MAKIという日本の方です)をじっくり鑑賞し、いい気分で劇場を後にした。演出(もちろん自身も出演)はおなじみのニコラ・バタイユ。 *Th脂tre de la Huchette : 23 rue de la Huchette 5e 01.4326.3899. |
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● Vingt-quatre metres cubes de silence 前号で(吉)がとりあげた映画作品『Sur mes levres』で主人公を演じたエマニュエル・ドゥヴォスが、観客を前にひとり座っている。もともと夢見るような顔つきのドゥヴォスだが、輪をかけて眠そう。おまけに寝起きなのだろう、ネグリジェのような薄布を身にまとっている。 『24m3の沈黙』というこの独り芝居では、独り暮らしの女性が目覚め、コーヒーを入れようとするその時に、コーヒーは切れているし、その他もろもろの事故が偶発してコーヒーにありつけない…という小さな事件が語られる。ドゥヴォスが不動のまま頭を横切る様々な思いを語るだけで、独特の気だるさと不安が客席にゆっくりと充満しはじめる。ジュヌヴィエ−ヴ・セローが書いたテキストは、決して面白いとはいえないし、独り芝居に仕立て上げるのには少し無理がある。でもドゥヴォスに出会う、彼女の世界に浸る、という意味では無駄ではなかった…と自分を慰める。演出はジル・コーエン。11/24迄。 |
* Th脂tre du Rond-Point : 01.4495.9810 |