蚤の市の喧噪、パニエの静寂。
やはり潮風を感じてこそマルセイユ! というわけで迷わずVieux Portから船に乗り込み、デュマの小説『モンテ・クリスト伯』の舞台、小島イフ城Chateau d’Ifへ(1)。石造りの白壁が美しい要塞だけど、16世紀からは刑務所としても使われていた。だから独房の入口には「ここで火刑に処す」とありちょっと怖い。城のまわりにはカモメがゆったりと青空に漂い、風景に溶け込んでいる。かつてこの島の囚人たちはカモメの姿をどんな思いで眺めていたのだろう。
さて次なる目的地は「手に入らないものはない」という評判のArenc蚤の市。Lyon Oddo駅バス停で降りると、車道のわきからすでに露店が溢れ出し、老いも若きも押しくらまんじゅう。食べ物、衣類、ガラクタが混合し、色と臭いと熱気が渦巻く。私は3箱10フランのお香と5フランの乾電池セットを購入。カメラを持って歩いていると、どこからか「僕を撮ってよ」という靴屋の青年の声が飛んできた。ファインダーを向けると、彼はお母さん(?)の肩を引き寄せにっこりポーズ(2)。ここの露店は屋内、屋外と二種類ある。屋内の巨大食料品マルシェに足を踏み入れると、籠に生きた鶏をいっぱい入れた鳥肉屋さんに出くわす。注文が入ると籠から鶏をわしづかみにし目の前でオダブツ…(3)。食料品市のはずなのに突然床屋が現れるいい加減さも楽しい。
マルセイユ中心部に戻る。パン屋さん(Rue de la République)でマルセイユの名物菓子ナベットを発見(4)。1個3フラン。オレンジアロマとサクサクの歯ごたえを楽しみながら、パニエ地区に向かう。
村の雰囲気が残っているこの地区のハイライトは、Place des Moulins。パステルカラーの壁の家が仲良く並ぶメルヘン調の空間だ。ここはかつて15ものムーラン(風車)があったとか。Passage de Loretteでは洗濯物が空高く舞い気持ち良さそう(5)。Rue du Petit Puitsにはアトリエが連なる。彩色石膏人形のサントン(6)、マルセイユ石鹸、チョコレート…。どこも制作の様子を見学できる。サントンのアトリエでは職人さんが熟練の手つきで人形に服を着せている。このあたりは坂道が多く、路地は人影もまばら。時おり近所の子供たちが通り過ぎるが、目を閉じれば彼らも神隠しにあってしまうような錯覚さえする(7)。繁華街はすぐそこなのに、パニエ地区は、異国の迷い道にまぎれ込んだような静かな時間を与えてくれるのだった。(瑞)