将軍が45年後に拷問を告白。

 1981年5月10日、今は亡きミッテランが第五共和政で左派として初の大統領に当選した日から20年。メディアはこぞって前大統領の功績をふりかえる。
 一方、1956-57年ギ・モレ内閣ミッテラン法務相時代に泥沼化したアルジェリア戦争で、アルジェリア解放戦線FLNの弾圧にあたった将軍ポール・オサレス氏(82) は5月3日、Perrin社から手記「特別部隊アルジェリア1955-1957」を出した。
 オサレス氏は1955年諜報員として着任。マスュ将軍下、テロ掃討を目的とした”死の中隊”と呼ばれた特別部隊隊長となる。当手記の中では彼自身がいかにFLN幹部たちを拷問し殺害したかを具体的に叙述している。殴打、電流、水責めによる拷問後、非常事態下、民事裁判にとって代わった軍事裁判 (1957-58年に1509名を死刑) にもかけずに死刑を執行。逮捕者が首吊り自殺したかのように死体を吊したり、投身自殺したようにみせたと誇らしげに述懐する。当時のミッテラン法務相は仏軍隊による組織的拷問を熟知し、軍部の独走を黙認していたと明言、45年前の “汚れた 戦争” を白日のもとにさらす。
 オサレス将軍の”拷問告白”記にシラク大統領は”憤慨”し、「この証言が仏軍隊や戦った者たちを汚すようなことがあってはならない」と軍司令部が同将軍に処分を科すよう命じるとともに、彼に授与したレジオンドヌール勲章の一時剥奪を命令。ジョスパン首相も同将軍の “破廉恥さにショック” を受けたが、”権力の乱用”と個人攻撃に留まらせる。共産党は拷問調査委員会の開設を要求、人権同盟国際連盟は同将軍を反人道罪で提訴。が、パリ検察庁は、1994年施行の反人道罪は、それ以前では第2次大戦にだけ適用されアルジェリア戦争には適用されないとし、同将軍と出版社を”戦争犯罪擁護罪” の疑いで予備捜査すると発表(5/17)。人権同盟や遺族は、どこまでも反人道罪で同将軍に対し損害賠償訴訟で追及する構えだ。
 ナチスに協力したヴィシー政府への国家の責任を、95年シラク大統領は元首として初めて認めた。98年には重罪院がパポン(93)元ジロンド県総務局長にナチス協力者として反人道罪共犯で10年の禁固刑を下し、第2次世界大戦が仏史上に残した汚点を象徴的とはいえ55年後につぐなおうとした。1954年から62年まで独立のために戦ったアルジェリア人への仏軍隊による組織的拷問を後世代が記憶し反人道罪として裁くか。祖父たちの過去として忘却に押しやるか。「自国の歴史について無知な国民は同じ歴史を生きる」(米哲学者サンタヤーナの言葉) というが。
 今日、アルジェリア自身も独立戦争の後遺症から癒えぬまま、仏軍隊がかつてしたように、軍隊が若いカビール人たちの反体制蜂起を弾圧している。(君)


アルジェリアでの拷問をどう思うか

65% 拷問したことは知っている
14% 知らなかった
56% 仏国家として謝罪すべき
24% 謝罪には反対
56% 拷問を指揮した上官を告訴
30% 告訴することに反対
50% 拷問の責任は国家に
31% 責任は軍隊の上官に
8% 実際に拷問した兵士に

*Le Libérationが5/5-6日967人を調査 (01/5/9)。


 

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