象徴:雄鶏−フランスの象徴。
■フランスの四つの象徴
フランスを象徴するものといえば、青・白・赤の国旗、国歌「ラ・マルセイエーズ」、そして切手の図柄であるマリアンヌがよく知られているが、通称「ガリアの雄鶏−coq gaulois−」はあまり知られていないように思われる。それもそのはず、国旗、国歌、マリアンヌとも、フランス革命以降の共和国精神を表しているが、雄鶏はそうではないのだ。
■Gallus
日本語のフランス旅行ガイドを含め、どんな本を調べても雄鶏以外の象徴のいわれは明らかであるが、雄鶏に関してはどうも不明確である。もっとも一般的な説明は、「雄鶏を意味する言葉と、ガリア(ローマ人による当時のフランスの呼称)を意味する言葉は、ラテン語では同じ言葉、gallus(ガリュス)であった」というものであるが……
■公式説明
大統領官邸(エリゼ宮)のホームページでは、「古代よりガリアの貨幣に雄鶏がみられ、(上記の)言葉遊びからガリアとガリア人の象徴となった」とあるが、起源よりもフランス共和国がいかに雄鶏を象徴として取り入れたかという歴史の記述に説明はとどまっている。一方、首相官邸(マティニョン)のホームページでは、「ガリアの部族の民族の象徴として雄鶏は使われたことはない」と加えられており、「雄鶏がフランス民族の象徴となるのは段階的にである」と説明がある。が、やはりこの「段階的」な象徴の適用の歴史的記述しか見られず、いわれについての説明ははっきりとしたものは得られない。
■ガリアの雄鶏の起源を探って・・・
フランス(ガリアではなく)の象徴として初めて雄鶏が使われた史実的証拠は、17世紀に鋳造された硬貨であり、そこで雄鶏はarmes
parlantes「喋る武器」として描かれている。1655年、スペイン人に占領されていた Le Quesnoy はフランス人によって解放されたおりに銅貨を作ったが、そこにはカスティリアを象徴するライオンが雄鶏に追われて逃げているのがみられる。そして「雄鶏の鳴き声がライオンを追い払う」という古代信仰をふまえ、ラテン語で「Cantat, fugat」(歌った、逃げた)と彫ってある。また、1585年、Jean Passerat
の詩の中には「ガリアの名の由来は雄鶏である」という記述がみられる。古代ローマまでさかのぼると、Suéton の『Vie de douze
César』の中に上記の言葉遊びの最初のラテン語記述がある。
雄鶏が「正式に」フランスの象徴となるのは、1830年7月30日。ナポレオン三世の時代は別として、第三共和制以降、共和国の象徴におちついた。1899年には、10フラン、20フラン金貨に雄鶏が彫られた。この金貨鋳造の時、パリ大学法学部の Ducrocq 教授が、『Le Coq
pretendu gaulois』という本を書いている。その要旨は、歴史的、民族的根拠のない象徴である雄鶏をフランスの象徴とし、金貨に彫るのはけしからんということであるが、フランスの象徴としての雄鶏について、この本は最も厳密な調査をしている。つまり、その起源の曖昧さを明らかにしているのだ。
■雄鶏のイメージ
ナポレオンが雄鶏を帝政フランスの象徴としたがらなかったように、雄鶏はあまりよいイメージがないようだ。最近では1998年、サッカーのワールドカップの時、フランスチームのマスコットは雄鶏のジュール君であったが、あまりにも間抜けで批判されていたし、あまり登場もしなかった……。
しかし、いくら言葉のイメージがよくなくても、雄鶏自体がなにか間抜けなところがあっても、雄鶏は「何故か」フランスの象徴である。ランボーやユゴーの詩の中でもガリアの雄鶏は現れているし、第一次世界大戦直後には、その名も『ガリアの雄鶏の唄』という楽譜付きの本がフランス国民の愛国心を高めるように出版されている。
もっとも、この愛国心が、いにしえのガリアのそれでもなく、かつての王制期フランスでも、共和国フランスに対するものでもない。現在、ガリアの雄鶏が見られるのは、エリゼ宮の庭園の柵の上、国璽、そしてルーヴルやヴェルサイユの宮殿だが……。最も雄鶏が活躍するのはやはり、この夏のユーロ杯で優勝し、まだ記憶に新しい世界チャンピオンのフランスサッカーチームのユニフォーム。雄鶏が象徴する愛国精神、そしてフランスとは、フランス共和国や、フランスの伝統、歴史などの国家、政体ではなく、スポーツで見られる「共同体」、何の含意もない「共同体」としてしか定義できないのだろう。
(岳)
参考 :
www.elysee.fr/instit/sycoq.htm
www.premier-ministre.gouv.fr/HIST/COQ.HTM
Th. Ducrocq,
Le Coq pretendu gaulois, suivi d’un rapport a l’Academie des
inscriptions et belles-lettres, et complement la legende du coq dit
gaulois, usurpant le revers de nos nouvelles monnaies d’or, Paris, Albert Fontemoing Editeur, 1908.