ピガールに近い、そこだけピンが当たったような小さな広場。蜂蜜ソースのフライドチキンや豆料理、アメリカ南部の料理 (“ソウル・フード” と呼ぶそうな)が出る所。薄暗く、おっこちそうなステージで三人官女のようにひしめいて、立て続けにジャズっているトリオ。ギターのトム、ドラムをダンボールに替えて叩き捲るリズム感抜群のテッド、大きなベースを抱いてソロをとったり歌ったりの華奢なゲン。これが島岡現との初対面だ。
京都に暮らし英文学をやっていた。留学した米南部ダラスの大学ではちっとも英語が上達しなかった。「他に興味のあることはないの? 好きなことをやると言葉もうまくなるよ」 19のころ大学の交響楽団でベースを始めて病みつきになり、本格的にこの道に入った。今では流麗な米語を話す。
ダラス滞在計6年。オペラ座で働いてもいた。日本のオーケストラに就職が決まったのに、物理教師の父は帰ってくるなと言う。悩んだ末がニューヨークのジュリアード音楽院合格。最近聞けば、 4歳のころにはロングアイランドに住んで英語を話していたという。彼の米国生活はすでに予告されていたのだろう。ジュリアード時代に”ベースの化け物”、フランソワ・ラバットに出会い、師を追ってパリに来たのが1990年。パリではジャズに開眼し即興演奏の虜となり、歌唱の勉強を始めた。オーケストラの仕事のかたわら、浴衣姿で楽器に歌に道化、というキャバレーも楽しく演出してしまう。
いま、ゲンさんが全身で打ち込んでいるのは演劇の世界だ。演出のミシェル・ダレールやアクロバットの天才アンジェラ・ローリエのケベックの若手と組んで、作曲から演奏、歌、自閉症の音楽家役も演じるという。踊るのかもしれない。秋からヨーロッパ各地を巡業する予定だから、どこかで出会った時はよろしく。(通)