「闘う女性」シモーヌ・ヴェイユさん、パンテオンに眠る。

2017年7月1日号 リベラシオン紙。「闘う女」。

 フランス人に敬愛され続けた政治家のシモーヌ・ヴェイユさん(89)が、6月30日の朝、自宅で息を引き取った。1927年、父親が建築家の裕福なユダヤ人家庭に生まれるも、16歳にして家族と共にアウシュヴィッツ収容所へ連行された過去を持つ。ジスカール=デスタン大統領のもと、保健相としてIVG(人工妊娠中絶)の合法化を実現させたことなどで知られる。その劇的な人生から、「闘う女性」と評されてきた。

 「いかなる女性も、喜んで中絶するのではない…それは、悲劇であり、悲劇であり続けるのです」。1974年ヴェイユさんの、IVG合法化を訴える有名な演説だ。男性議員481人、女性9人で構成されていたこの時の国民議会。人工中絶に対する理解が不十分だった当時、審議は非常に困難を極めるものだった。「(堕胎はユダヤ人収容所のように)焼却炉に人間の身体を投げ捨てるようなものだ」、「フランスでは動物を殺すように人を殺す、と言われる日が近いだろう」など、屈辱的かつ暴力的な発言が飛び交った。

 IVGが違法だった当時のフランスでは、非合法な中絶手術で命を落としたり、イギリスに渡って手術をしたりする女性が絶えなかった。ヴェイユさんは、「現行の法律は、困難な状況下で自分を恥じ、孤独を背負う女性を拒絶するものでしかない」と強調。この審議は昼夜3日間、計25時間にも及んだが、彼女はひるむことなく法案の可決を勝ち取った。この国会が「フランス史上に残る」とメディアで謳われる所以だ。

 この後、知名度を上げたヴェイユさんは、1979年に欧州議会の議長に選ばれ、自身も経験した「死の収容所」での悲劇を二度と繰り返さないために、欧州統合に情熱を捧げた。

 多くの人々にその死を惜しまれた彼女の国葬は、7月5日、アンヴァリッドで行われた。マクロン大統領をはじめ、歴代大統領や首相など要人が出席する一方、故人の家族の希望により一般人の参加も認められ、老若男女約700人もの人々がヴェイユさんに別れを告げに訪れた。「尊厳、勇気、真の力の象徴」、「女性の権利と強い意志の象徴」、人々は彼女についてそう語る。ヴェイユさんは、4年前に先立った夫アントワーヌさんと共に、パンテオンに安置されることになった。パンテオンに眠る「偉大な女性」は、これで5人目となる。(下)