2019年4月15日、パリっ子が固唾(かたず)を飲んで見守るなか、炎に包まれたノートルダム大聖堂の尖塔が焼け落ちた。現在は2024年12月8日の再オープンに向け、再建工事が着々と進む。この機に乗じ、マクロン大統領は昨年末、身廊の南側通路の6つの礼拝堂に、現代的なステンドグラスを設置する計画を発表。が、これには3日間で6万人の反対署名が集まるなど、激しい反発が起きた。さらにこの7月には、国家遺産建築委員(CNPA)が全会一致で反対の意を表明し、論争が再燃しているところである。
そんな渦中のステンドグラスだが、実は約90年前に、これとよく似た出来事があったという。その知られざる論争をめぐる展覧会「Notre-Dame de Paris : la querelle des vitraux (1935 – 65) パリのノートルダム大聖堂:ステンドグラス論争」が、現在、シャンパーニュ地方の街トロワで開催中だ。
パリ万博を控えた1935年、パリのガラス職人たちは、ノートルダム大聖堂の身廊にある19世紀の建築家ヴィオレ・ル・デュク設計の窓の変更を提案した。これは1937年の万博で展示予定のモダンな作品群を、万博後も大聖堂に設置するという計画である。この時職人として名乗りをあげたのは、本件の扇動家であるルイ・バリィエをはじめ、ジャック・ル・シュヴァリエ、ジャン・エベール=ステヴァンスなど計12人。うち女性は画家のヴァランティーヌ・レイルのみだった。
この大胆な計画は、モーリス・ドニら進歩的な芸術家などから支持された。しかし、提案されたデザインが知られるにつれ、懸念の声もあがるように。職人たちは全体の調和を考えず、各自のスタイルのデザインに走ってしまったのだ。反対派は「万華鏡のよう」「完全に酔った指揮者が率いるジャズオーケストラ」などと揶揄し、メディア上で論争も繰り広げられた。1938年にはパリ大司教のヴェルディエ枢機卿に対し、反対の署名も送られた。
結局、度重なる検討や調整の末、計画は最終的に却下された。後年、全作品のうち半分ほどは散逸したが、今回の展示で6人の作品が久々に集められた。また、当初名乗りを挙げていた職人のうち、巨匠ジャック・ル・シュヴァリエだけは、1965年に大聖堂の非具象的模様がある上窓の修正に参加。この時は1930年代の論争の反省を踏まえ、より均質なアプローチを採用したと本人が語っている。
今回の展覧会では論争に関する作品はもちろん、設計図やスケッチ、写真に加え、当時の論争が生き生きと蘇る計画書や報道記事など豊富なアーカイブ資料を紹介している。現在、マクロンが前のめりで進める設置計画について、立ち止まって考えるヒントとなるだろう。
現在、争点となっている19世紀のヴィオレ・ル・デュク設計のステンドグラスは、2019年の火災を生き延び、専門家によると保存状態も極めて良好だとか。マクロン大統領はシラクやミッテランのように歴史的建造物に自分の名を刻みたいのだろうが、権力者の名誉欲のせいで、歴史を背負った貴重な文化財が撤去されそうで心配である。
トロワはステンドグラスの郷
新名所「ステンドグラス・センター」。
さて、本展示の会場は、2022年12月にトロワの中心地にオープンした Cité du vitrail(ステンドグラス・センター)。このトロワの街があるオーブ県一帯は、大戦の戦火から逃れ、教会内などに古い時代のステンドグラスが多く残る地域として名高い。実にフランス全土の50%、世界規模でも40%のステンドグラスが、オーブ県に集中するのだ。まさにCité du vitrail はステンドグラス芸術を今に伝える使命を持った文化施設だ。施設内の常設展示室「ステンドグラスのギャラリー」は、今年になって改装されたばかり。ケヒンデ・ワイリー、藤田嗣治、ジェラール・ガルーストなど、有名芸術家による貴重でモダンなステンドグラスが鑑賞できる。
また、現役の古いステンドグラスに出会うのなら、市内の教会散策がお勧めだ。サント・マドレーヌ教会、サン・レミ教会、サン=テュルバン大聖堂などが、Cité du vitrailから至近距離にある。
https://www.troyeslachampagne.com/sortez/visitez/edifices-religieux/les-eglises/
さらに市内を含むオーブ県内のステンドグラスを探すには、携帯用のアプリ「Route du Vitrail ステンドグラスの道」が便利だろう。
https://route-vitrail.fr/language
ぜひトロワの街散策と合わせ、パリからの日帰り旅行を楽しんでみてほしい。オヴニーの過去の特集もぜひご参考に。(瑞)
https://ovninavi.com/troyes/
Cité du vitrail
Adresse : 31 quai des Comtes-de-Champagne, 10000 Troyes , FranceTEL : 03 25 42 52 87
アクセス : パリ東駅Gare de l'Est からトロワTroyesまで1時間半ほど。
URL : https://cite-vitrail.fr/fr
月休。4/1〜10/31 : 10-18h、 11/1〜3/31 : 10-17h 。入場料:5€、26歳未満無料。