詩人ポール・ヴァレリーが《特異な島 île singulière》と呼んだセートは、文字通り、独自の魅力に満ちている。南部は砂浜が続く地中海の海岸で、北部は広大な潟湖トー湖に面する。中心部はベネチアのように、運河が縦横に走る水の町だ。同時に標高183メートルの緑豊かなサン・クレール山が中心にそびえ、頂上からは爽快なパノラマが楽しめる。よそゆき顔のエレガントなニースやカンヌとはまた違った、庶民的で温かい南仏の魅力に触れられるだろう。
独自の文化も息づく。毎年夏季には運河を舞台に、水上槍試合「ジュット」の熱戦が繰り広げられる。セトワ(セート住民)が誇りを持ち、何世紀にも渡って守り続ける伝統だ。あるいは、町の北部、漁師の地ラ・ポワント・クールトの枯れた風情。ヴァレリー、ジョルジュ・ブラッサンス、アニエス・ヴァルダら、偉大な芸術家たちが愛した風景が、今も町の至る所に広がっている。新鮮な海の幸を心ゆくまで堪能でき、賑やかなマルシェも楽しく、食通も満足できる町。本音を言えば、あまり人に知られたくないとっておきの場所なのだ。水辺の夏を探しに、セトワの笑顔に会いに、今年もセートを訪ねたい。(瑞)
取材・文・写真:林瑞絵
「ラングドック(地方)のベネチア」と称される地中海の港町。
太陽に誘われ水辺を歩き、新鮮な魚介類に舌鼓。
夏なら手に汗握り、水上競技「ジュット」を観戦しよう。
今号は南仏セートのあふれる魅力を凝縮して紹介したい。
水上槍試合「ジュット」を観戦しよう。
ジュットとは?
ジュット(Les joutes)はフランスの伝統的な水上競技。起源は古代ローマやエジプトまで遡る。セートで行われるのは「ラングドック(地方)のジュット」であり、夏季はトーナメント戦で盛り上がる。この地で初めて試合が実施されたのは1666年7月29日。ルイ14世の治世下で開港した際にお披露目された。アンシャン・レジームの時代、ジュットの試合は王への敬意を表する小規模の祭事だったが、革命後に中断。その後、19世紀前半に再開された。とりわけ1853年からは鉄道の開通に合わせ、エミール・ドゥメ市長の指揮のもと、観光客を意識した試合に変化した。20世紀にはふたつの大戦で中断されながらも伝統は連綿と受け継がれ今に続く。コロナ禍の2020年はトーナメントの規模が縮小されたが、メインの試合である8月末のサン・ルイ杯(Grand Prix de la Saint-Louis)は開催予定だ。今年で278回目となる。
試合のルール
8〜10人の選手で構成された2チームで競う。2.8mの木製の槍を持った選手が小舟の先端に立ち、船が交差する際に相手の盾に一撃を加え、水中に落下させる。この際、盾の中で攻撃を加えられる場所は、盾の左枠の一角のみ。腕力だけでなく、狙いを定める集中力も必要となる。
スポーツと伝統の狭間で
ジュットは1960年に国から「スポーツ」と認可された。だが、町のアイデンティティを担う伝統イベントの性格も色濃い。スポーツと伝統の狭間にある存在としては、日本の相撲に近いかもしれない。ただし、相撲はお金が発生する興行だが、ジュットは市の観光の花とはいえ、誰でも無料で観戦できる。また、相撲には懸賞金が出るが、ジュットの優勝者に与えられるのは“名誉”だけ。そのためジュットの選手には、立身出世といった世俗的な欲はない。伝統の担い手であることが最大の誇りであり、家族代々でその誇りを受け継ぐという。町には専門の選手養成学校があり、3歳から17歳までの「プチセトワ(セートの子ども)」たちが、日々練習に励んでいる。
試合はどこで見る?
セートでは毎年6月から9月頭まで試合を開催。サン・ルイ杯が催される8月末が盛り上がりのピークだ。サン・ルイ杯の開催場所は町の中心地、ロワイヤル運河を囲むLe Cadre Royal地区。レジスタンス河岸にテントがはられ、自由席が設置される。(ただし、2020年はコロナ禍の影響で、テントがない可能性も。その場合でも、現地では巨大スクリーンで試合が見られる予定) また、サン・ルイ杯以外の試合は、Canal des Quillesやラ・ポワント・クールトなど市内の数カ所で広く実施される。
https://icisete.fr/evenement/calendrier-tournois-de-joutes-2020-sete
気になる2020年の試合は…?
今年はコロナウイルスの影響でシーズン前半の試合は中止となったが、7月末からは一部トーナメントが実施される。メインのサン・ルイ杯は予定通り8月20日から25日の日程で開催予定だ。サン・ルイ杯の期間中、町はパレードや大道芸、コンサートとお祭りムード一色に染まる。ただし、マスク着用など観客にも特別なルールが課される可能性がある。
ジュットの専用展示室がある「海の博物館」
2014年に誕生した地中海を臨む博物館。詩人ヴァレリーのおかげで有名となった「海辺の墓地」と、要塞跡を活かした野外劇場「海のテアトル」の間に建つ。コレクションの柱は船の模型の数々。町の最後の船大工アンドレ・アヴェルサさん(現在92歳)が市に寄贈したものだ。仏文化省が、船の模型としては唯一、歴史的建造物に指定しているもので、消えゆく造船文化の貴重な記録である。
ジュットに関する展示室は2部屋。試合鑑賞前に訪れると、理解も深まりより楽しめるはずだ。競技用の槍や盾、伝統の白い衣装、パレードでかぶる麦わら帽子などを展示。サン・ルイ杯の優勝者の名を刻む盾の存在は、歴史の重さを感じさせる。1858年から1877年にかけ計9回優勝した「左利き」ことジョセフ・マルタン、1904年から1923年にかけ10回優勝した「羊」ことルイ・ヴァレなど、後世に語り継がれる名人もいる。肖像写真に写る「羊」さんは、ちょっぴり誇らしげであった。
INFORMATIONS
Musée de la Mer 海の博物館
1 rue Jean Vilar 34200 Sète
Tel: 04.9904.7155
入場無料。月休、9h30-18h。
www.sete.fr/culture-et-patrimoine/musees-et-lieux-dexpositions/musee-de-la-mer
◎交通
パリ・リヨン駅からセート駅までTGVで3時間40分。
セート駅から中心地まで徒歩20分以上かかる。駅から中心地(Passage le Dauphinなどを通過)をつなぐ無料バス(6番線)も有り。月曜から土曜まで約20分間隔で運行。
www.mobilite.agglopole.fr/Pratique/Lignes-et-horaires/6-Gratuite-Sete-intra-muros-Passage-le-Dauphin-Gare-SNCF
◎セート観光局
Office de Tourisme de Sète
60 Grand’rue Mario Roustan 34200 Sète
Tél : 04.9904.7171
www.tourisme-sete.com
◎ホテル Hôtel de Paris
屋内マルシェや運河に近い機能的な三つ星ホテル。スパ併設。一泊105€ ~。
2 Rue Frédéric Mistral 34200 Sète
Tél : 04.6718.0018
www.hoteldeparis-sete.com
?セート特集、こちらもあわせてお読みください。
南仏セート、水辺の夏を探しに。
その2– ヴァレリーとブラッサンス。
その3 – 海の幸好きには、たまらない町。
その4 − 枯れた漁村の情緒 ラ・ポワント・クールト