ロシアのウクライナ侵攻に話題をさらわれ、今回の大統領選挙は盛り上がりがいま一つ。マクロン大統領がテレビ討論会に参加しないと決めたため、メディアでの候補者の激突激論も少ない。燃料や農産物の値上がりによる購買力低下、エネルギー問題、国防・集団防衛などウクライナ戦争の影響を反映した争点に注目が集まっている。
構成・文:児玉しおり、編集部
■ 大統領選挙基本ルール
[被選挙権]18歳以上のフランス国籍を有する者。立候補には30県以上から500人の推薦人(市町村長、地方議会・国会・欧州議会議員)が必要。
[選挙権]第1回投票日前日に18歳以上の仏国籍者で選挙人名簿に登録した人。
■ 日程
・ 第1回投票 4月10日(日)
・ 第2回(決選)投票 4月24日(日)*海外領土は前日土曜日
・ 新大統領の正式発表:4月27日 (水)
・ 大統領交代: 5月13日 (金)までに行われる。
マクロン政権5年間をふりかえる
任期後半はコロナ禍への対応で退職制度などの改革は見送られた。世論調査では再選の可能性が高いだけに、5年間のマクロン政権の成果や失点、課題を仏紙の分析をもとにまとめてみた。
① 環境
CO2排出削減進展せず、原発推進へ。
低所得世帯の家100万軒にエネルギー効率向上のための改修への援助を公約し、210万軒がその援助を受けた (未改修が500万軒)。「農薬との闘い」は実現せず、除草剤グリホサートは一部の使用が延長された。古い化石燃料車の電気自動車(EV)、ハイブリッド車への買い替え援助制度のおかげで21年に販売された車の2割はEVに。黄色いベスト運動で石油製品への増税は断念。気候市民会議の提案で温室効果ガス削減策が多少は法制化されたが、CO2排出の削減は不十分と高等気候評議会は批判。原発の割合を50%にする目標は2025年から50年に先延ばしされ、新世代原子炉14基の建設を打ち出して原発推進路線が明確に。
② 福祉/保健
多少の進歩もあったが、課題は残る。
開業医や薬剤師らが診察・健康相談にのる「健康の家」を1千軒にする試みは7割方達成したが、医師や医療機関の不十分な地域の問題は解消されていない。医療関係者の不満が爆発し、政府は看護師・介護士らの給与を月数百ユーロ引き上げ、公立病院の赤字を一部肩代わりした。歯科、眼鏡、補聴器の健康保険+共済で100%払戻しは18年から暫時導入したが、対象外が多いと批判も。住宅手当5€減では猛反発があったが、就業促進手当 50%増、最低老齢保証は月額100€増しに。コロナ検査の無料化では大規模検査が可能になった。
③ 経済
コロナ時は 「いくら高くついても」 経済を保護。
企業の社会保険料、法人税(33.3%→25%)を下げて企業支援の姿勢を明確に。コロナ時は経済を保護する方針を示し、就業停止による一時的失業者の給与補償、営業停止企業への各種支援を実施し、コロナ後は経済復興計画(1千億€)、「フランス2030」計画(300億€)を打ち出す。経済成長は2020年は8%後退したが21年は+7%に回復した。投資促進のためという富裕税(ISF)廃止には「金持ちのための大統領」の批判が。投資が増えたことを裏づける数字はない。
④ 教育
バカロレアと大学入学振り分け制度の改革。
優先教育地区の小学校1・2年生の1クラスの児童数を半分 (12人)にする公約は2019年に100%実現。だが初等・中等教育で4千〜5千人の教員増員の公約は守らず、16-17年と比べ20-21年は教員数が10200人減少。バカロレア改革、大学入学振り分け制度(Parcoursup)改革の実施では混乱があり評価は分かれる。バカロレア改革で高2の数学が必修でなくなったことで数学弱体化の批判があり教育相もこれを認めた。
⑤ 雇用/購買力
不安定雇用増加、低所得者の購買力減。
コロナ禍では給与補償で雇用は保護され、失業率は21年末で7.4%と08年来の低い数字に。ただし、有期雇用、派遣などの不安定雇用が増え (全雇用の12.4%)、失業保険制度改正で求職者登録の抹消が増えたためという見方もある。労働法改正で解雇がより容易になった。21年秋のエネルギー価格高騰とウクライナ戦争で購買力低下が危ぶまれる。最も富裕な1%の人の購買力は5年間で2.8%増、最貧層の5%の人は0.5%減。22年2月で過去1年間のインフラは3.6%に。
⑥ 国防/治安
国防増強。警官増員の効果は定かではない。
国防費は2018~22年で50億€上昇し、25年に国内総生産の2%に達する見込みで、核抑止力の維持と更新のための予算は2019-25年国防計画で370億€計上したのは公約通り。市民の安全のための日常安全警察 (PSQ:1万人規模)が設置されたが、効果のほどは不明。治安維持強化と犯罪対応のため警官の1万人増員は目標を達成。問題になった警察暴力を抑止するため、3万個のボディカメラが支給された (22年末までに全警官に支給予定)。黄色いベスト運動の鎮圧で死者、失明(30人あまり)、負傷者を多く出した。
候補者12人、6つの争点で比較。
候補12人を、6つの争点(ウクライナ戦争・移民・環境・経済・購買力・定年)から比較してみた。上左派、下に向かって右派の並び順。
*UKR=ウクライナ、RSA=就労連帯手当、EPR=欧州加圧水型炉、GDP=国内総生産、CSG=一般社会貢献税、SMIC(法定最低賃金)額はすべて手取り額。
ナタリー・アルトー Nathalie Arthaud
LO : 労働者の闘い
ウクライナ戦争 / 仏とNATO / 仏軍事戦略
ウクライナ (UKR)の中立を保ち、武器供給せず。
移民 / 難民 / UKR難民
移民の自由往来を保障し、受け入れる。
環境 / 原発 / エネルギー
集約的畜産・屠畜を撲滅する。猟犬を使う狩猟の禁止。
経済 / 企業
企業秘密を撤廃し、利益の用途と株主の財産を公開する。金融機関の守秘義務も廃止。
購買力 / 税金
労働者は燃料税免除。給与300€(月)増。SMICを2000€に。大富豪の財産接収。
退職制度 / 年金
定年60歳。最低年金手取り2000€。
フィリップ・プトゥ Philippe Poutou
NPA 反資本主義新党
ウクライナ戦争 / 仏とNATO / 仏軍事戦略
NATO拡大を即時停止、NATOは解散へ。ロシア制裁反対。
移民 / 難民 / UKR難民
経済移民も難民も区別せずに受け入れる。移民に滞在許可を与える。
環境 / 原発 / エネルギー
10年以内に原発廃止。
経済 / 企業
エネルギー企業と医薬品企業を国有化する。週32時間労働。
購買力 / 税金
全収入を月400€増。SMIC1800€に。富裕税を復活。
退職制度 / 年金
定年60歳。最低年金手取り1800€。
ジャン=リュック・メランション Jean-Luc Mélenchon
LFI : 服従しないフランス
ウクライナ戦争 / 仏とNATO / 仏軍事戦略
ロシア制裁OK、ガス禁輸とUKR武器供給に反対。欧州安全保障協力機構の協議で停戦、UKR中立へ。将来はNATO脱退。
移民 / 難民 / UKR難民
移民、学生や不法労働者に10年の滞在許可証与える。ダブリン協定見直し、難民の権利を徹底。UKR難民は仏分担のみ受け入れ。
環境 / 原発 / エネルギー
原発廃止を計画する。洋上風力発電機を計画通り促進。危険な農薬禁止。公共交通優先し個人車使用を減少。
経済 / 企業
30万の農業分野の雇用創出。必需品の生産を国内に戻す。エネルギー、高速道路、SNCFなどを国有化。
購買力 / 税金
電気ガス、生活必需品の価格凍結。SMICを1400€。最低収入保証を貧困線の1063€に。富裕税を復活。相続上限を1200万€に。
退職制度 / 年金
定年60歳。最低年金手取り1400€。
ファビアン・ルッセル Fabien Roussel
PCF : フランス共産党
ウクライナ戦争 / 仏とNATO / 仏軍事戦略
UKRのNATO加盟に反対。露ガス禁輸は反対。NATO脱退、外国の仏軍基地閉鎖。新たな徴兵制についての議論をもつ。
移民 / 難民 / UKR難民
不法労働者に滞在許可証与える。難民に亡命権を保障。移民の行政留置所を廃止。UKR難民受け入れ。
環境 / 原発 / エネルギー
第4世代の原子炉建設計画を推進。再生可能エネルギーも推進。クリーンな車への買い替えに1万€支給。
経済 / 企業
若い農業従事者支援基金を倍に。アグロエコロジー推進。SNCF、EDF、エンジーを国有化。週32時間労働。
購買力 / 税金
電気ガスへのTVA削減。エネルギー小切手を年700€。公務員給与30%増。SMIC1500€。RSAを25歳未満にも。富裕税復活。
退職制度 / 年金
定年60歳。最低年金手取り1200€。
ヤニック・ジャド Yannick Jadot
EELV ヨーロッパ・エコロジー・緑の党
ウクライナ戦争 / 仏とNATO / 仏軍事戦略
UKRへの武器支援、ロシア制裁強化し、露ガス・石油を禁輸に。気候変動に適合した防衛計画を立てる。
移民 / 難民 / UKR難民
仕事、家族、就学児持つ移民に滞在許可を発給。難民申請をした人に労働許可。難民の権利保障。UKR難民は仏分担のみ受け入れ。
環境 / 原発 / エネルギー
原子炉10基を35年までに停止。1.2万基の風力発電機設置。有害農薬禁止。化石燃料の新車販売を2030年に禁止。
経済 / 企業
アグロエコロジー推進。生活様式変化に必要なインフラ、気候のための経済計画を優先した製造業回帰。
購買力 / 税金
エネルギー小切手400€を600万人に。SMIC 1500€に。教員給与20%増。月918€下の収入の人は740€の手当。気候富裕税。
退職制度 / 年金
現行の定年62歳を維持。最低年金は貧困線の1063€。
アンヌ・イダルゴ Anne Hidalgo
PS : 社会党
ウクライナ戦争 / 仏とNATO / 仏軍事戦略
UKRへ軍事物資送る。ロシア制裁強化、露ガス・石油を禁輸。NATO残留。国防費増。外国軍事介入に国会の承認を。
移民 / 難民 / UKR難民
長期不法滞在者に滞在許可発給。ダブリン協定 (最初に難民申請をした国で対応)見直し。UKR難民は近隣国と仏で受け入れ。
環境 / 原発 / エネルギー
再生可能エネルギー転換のための過渡期として原発を利用。新規EPRは建設せず。ニコチノイド禁止。
経済 / 企業
若い農業従事者支援。環境に配慮+戦略的部門の製造業回帰 (30億€)。労働者保護と環境保護に応じて企業支援。
購買力 / 税金
電気・ガス料金のTVAを減額。SMICを200€増。気候富裕税を年間40億€徴収し、エコロジー転換に充てる。
退職制度 / 年金
定年上限62歳。最低年金は1000€、保険料払った人は1200€
ジャン・ラサール Jean Lassalle
Résistons! 抵抗しよう!
ウクライナ戦争 / 仏とNATO / 仏軍事戦略
国連による停戦。仏はNATO脱退準備。国民衛兵を創設し、軍備近代化。
移民 / 難民 / UKR難民
不法移民を取り締まる人員の増員。難民の権利を尊重。
環境 / 原発 / エネルギー
第4世代原子炉計画開始。風力発電機設置を停止。
経済 / 企業
欧州農業政策見直し。仏の製造業回帰のための復興計画。農業、自動車、航空機など重要産業を国有化。
購買力 / 税金
SMIC1400€。富裕税を復活。
退職制度 / 年金
現行62歳のまま。
エマニュエル・マクロン Emmanuel Macron
LREM 共和国前進
ウクライナ戦争 / 仏とNATO / 仏軍事戦略
ロシア制裁、UKRへ武器供給。NATOの戦略を見直す。国防予算を2025年に500億€、予備兵を2倍に。
移民 / 難民 / UKR難民
4年超の滞在許可証の取得条件を厳しく (仏語能力、仕事)。難民却下の人の送還を容易に。UKR難民は仏分担のみ受け入れ。
環境 / 原発 / エネルギー
2050年までにEPR6基建設。原子炉の稼働延長。洋上風力発電ファーム50ヵ所 (2050年)。EVリース制度。
経済 / 企業
欧州の農産物自給のため農業推進。宇宙、バイオ医薬品、半導体、原子炉、IT、AI分野に300億€投資。
購買力 / 税金
週15-20時間の労働をRSAの受給条件にする。
退職制度 / 年金
定年65歳へ。最低年金、満額1100€。EDFなど特別制度廃止。
ヴァレリー・ペクレス Valérie Pécresse
LR 共和党
ウクライナ戦争 / 仏とNATO / 仏軍事戦略
プーチンと金融に的絞ったロシア制裁。露ガス・石油の輸入減らす。国防予算を30年は650億€に。
移民 / 難民 / UKR難民
年間移民数を制限。仏生まれ自動的国籍取得廃止。非EU人は5年後に家族手当受給資格。UKR難民は難民資格確認の上受け入れ。
環境 / 原発 / エネルギー
EPRを6基建設。第4世代原子炉計画開始。風力発電機は住民の意見を尊重。化石燃料車販売2035年に禁止。
経済 / 企業
農業従事者への税制優遇。週の労働時間を自由化。
購買力 / 税金
電気/ガスのTVA廃止。月2800
€以下の給与を10%増。週15時間の労働をRSA受給条件に。本宅の不動産富裕税を50%減税。
退職制度 / 年金
30年に65歳。満額最低年金はSMIC。配偶者は年金75%受給。
ニコラ・デュポン=エニャン Nicolas Dupont-Aignan
Debout la France 立ち上がれフランス
ウクライナ戦争 / 仏とNATO / 仏軍事戦略
UKR中立国に。露ガス/石油禁輸せず。NATO脱退。国防予算GDPの2.5%。外国のテロ撲滅に介入。
移民 / 難民 / UKR難民
移民に関するEU規定見直し。生地主義撤回。国境で難民を隔離、送還。外国人は5年後に福祉受給資格。UKR難民は仏分担のみ。
環境 / 原発 / エネルギー
「クリーンな」原子力で100%電力供給。風力発電機設置を停止。EV普及のための優遇制度。
経済 / 企業
仏農業をグローバル化から保護。高付加価値産業の社会保険料を下げ、農業、中小企業の社会保険料免除。
購買力 / 税金
車燃料のTVA廃止。SMIC3倍までの給与を8%増。ハーフタイムの社会奉仕をRSA受給条件に。本宅を除く大富豪税創設。
退職制度 / 年金
現行62歳のまま。年金はインフレにスライド。
マリーヌ・ルペン Marine Le Pen
RN : 国民連合
ウクライナ戦争 / 仏とNATO / 仏軍事戦略
外交解決優先し、仏軍派遣せず。露制裁、ガス/石油禁輸に反対。仏NATO脱退。国防予算を27年550億€。
移民 / 難民 / UKR難民
仏人優先を憲法明記。不法移民は自動的送還。生地主義廃止。難民申請は外国の仏領事館のみ。家族手当は仏人。UKR難民は受入れ。
環境 / 原発 / エネルギー
新EPRを3基建設。25年のフッセンアイム原発解体を延期。風力発電、太陽光発電設置停止。農薬使用続ける。
経済 / 企業
農産品の最低価格を設定して保護。貯蓄の利子上昇で戦略的・革新分野に投資。高速道路を国有化。
購買力 / 税金
電気・ガス・燃料へのTVAを20%→5.5%。雇用主の保険料免除でSMIC3倍までの給与10%増。不動産富裕税を金融富裕税に。
退職制度 / 年金
20歳から40年働けば定年60歳。最低年金1000€+インフレ。
エリック・ゼムール Eric Zemmour
Reconquête! 再征服!
ウクライナ戦争 / 仏とNATO / 仏軍事戦略
UKRのNATO加盟阻止。露ガス・原油禁輸反対。仏NATO脱退。国防予算を30年に700億€に。外国の仏軍基地強化。
移民 / 難民 / UKR難民
再移住省設置し移民ゼロ目指す。半年就労しない移民は送還。生地主義と家族呼び寄せ廃止。難民申請は外国で。UKR難民受け入れ近隣国に援助。
環境 / 原発 / エネルギー
EPRを14基建設。現存の原子炉を60~80年稼働延長。第4世代原子炉計画推進。風力発電機設置を停止。
経済 / 企業
若い農業従事者支援。産業空洞化の地域に税制優遇特区を設けて工場誘致。
購買力 / 税金
通勤のための燃料費の50%を雇用者が払い戻す。CSG減税で低給与を105€増。最低収入保証はEU市民に限定。
退職制度 / 年金
30年までに64歳へ。配偶者は年金75%受給 (現行54%)。