
シャネルのクロワジエール・コレクションから。
ルサージュの工房により、全体に繊細な刺繍が施されたドレス。
刺繍といえば、日本人は学校で習う「フランス刺繍」や着物に施された絢爛な刺繍をまず思い浮かべるだろう。フランスも昔から刺繍が盛んな国で、19世紀には刺繍産業が全盛期だった。
しかし、今回取り上げるメゾン・ルサージュは、オートクチュールとともに歴史を歩んできた「オートクチュール刺繍」のアトリエ。刺繍糸だけでなく、ビーズ、スパンコール、リボン、宝石、羽からプラスチックまであらゆる素材を刺繍する。
オートクチュールの黎明期、1858年にルサージュの前身、ミショネが創業。20世紀前半の有名クチュリエ、マドレーヌ・ヴィオネの刺繍をしていたマリー=ルイーズと夫アルベール・ルサージュ夫妻がミショネを買い取り、1924年にメゾン・ルサージュを設立。次々と新素材や新技術を生み出し、アヴァンギャルドな刺繍でも評判になった。49年に跡を継いだ息子のフランソワも、当時オートクチュールの新世代として台頭してきたディオール、ジバンシー、サンローランから信頼を得た。
しかし、プレタポルテの普及で需要は減り、2002年にシャネルに買収された。シャネルはオートクチュールコレクションに使う靴、帽子、ボタン、革、金細工、ジュエリーなどの外注会社を買い取って子会社のもとに集め、稀少な技術や失われつつある職人技、アトリエ自体を、公的援助なしに保護し育成している。現在国外も含めて22社あり、うちルサージュを含む4社が、北東郊外のパンタンのビルにある。
2012年にパリからパンタンに移ったアトリエは、自然光がふんだんに入る明るい雰囲気だ。シャネルをはじめ有名メゾンから来たクロッキーをもとに、色や材質を含めた詳細な刺繍デザインを起こして見本を作る。OKが出ると、刺繍の模様をトレース紙に穴をあけて再現し、顔料で模様を布に移す。その布が木枠 (長さ1m以上のものも!)にはめられて、刺繍師が2〜3人がかりで一針一針刺繍していく。
ビーズなどで面を埋める際などには木製の取っ手の先に金属製のかぎが付いたリュネヴィル・クロシェという道具で刺繍するのだが、普通の刺繍針で刺すのも、クロシェで刺すのも非常な根気のいる作業だ。別の部屋には、男女2人が 「シャネルツイード」の見本を手織機で織っていた。「なぜルサージュがツイードを?」と思ったが、リボンなど様々な素材を織り込むのに刺繍技術が生かされるのだそうだ。
圧巻なのはアーカイブ室。1858年以来の7万5千点の刺繍見本をメゾン・年代・テーマ別に分類した引き出しが、壁の三方を覆っている。どこに何が入っているか全部頭に入っているという勤続36年のミュリエルさんは、時代とともに進化してきた刺繍のノウハウを「次世代に伝え、人材育成することが自分の使命」と言う。
その人材は刺繍科のある職業高校やデザイン学校などからリクルートする。一人前の刺繍師になるには5年の修業が必要だ。一般の刺繍愛好家を対象としたパリ9区のエコール・ド・ルサージュ(1992年設立)も、世界中から年間300人の生徒を受け入れており、ここでもルサージュのノウハウは継承されている。
普段は平均年齢35歳の70人が働くアトリエだが、年6回のコレクションの準備期には倍の人数になる。近年では木やセメントなども刺繍素材として使われるそうで、刺繍には無限の可能性があるのだ。(し)

ツイードのサンプル。

精密な作業。
