コスモポリタンな監督の憂鬱『It Must Be Heaven』

©Carole Bethuel

キリストが育ったイスラエルの聖地ナザレ。高台にはレモンの木がある家が建ち、無口なパレスチナ人ES氏が住む。演じるのは本作の監督エリア・スレイマン本人だ。彼の生活は奇妙な日常の断片で出来ている。国際派の彼は飛行機で海外にひとっ飛び。パリではプロデューサーに新作の企画を売り込むが、「パレスチナっぽくない」と断られる。ニューヨークでは友人の俳優(ガエル・ガルシア・ベルナル)のツテでプロデューサーに会うも、パレスチナのコメディに興味は持たれず。企画はなかなか進展しない。

文化的なクリシェの描写には、終始ニヤリとさせられる。パリの地下鉄では、アル中男(グレゴワール・コランの怪演に拍手)が無理やり一緒に改札を通る。「こんな奴いるいる」と苦笑させられること受け合いだ。だが笑ってばかりもいられない。警官だらけで規則は細かく、取り締まりや自衛意識が過剰な世界に、私たちは生きている。他方、ES氏はというと、飛行機の揺れに怯え、夜は息苦しさで目を覚ます。

02年に風刺コメディ『D.I.』でカンヌ映画祭審査員賞を受賞し、大物監督の仲間入りを果たしたスレイマン。最近、名前を聞かないと思っていたら、今年のカンヌのコンペ部門で表舞台に返り咲いた。『Le Temps qu’il reste』以来、10年ぶりの長編だ。流れた時間は無駄でない。自身のスタイルを追求し、シンプルの極地に辿り着く書家のような見事な演出に脱帽。軽やかだが不穏な社会批評であり、コスモポリタンな監督の憂鬱を写した映像詩である。カンヌでは特別表彰という謎の賞が授与されたが、できることならもっと重要な賞をあげたかった!ジャック・タチのユロ氏はもういないが、私たちにはまだスレイマンのES氏がいた。(瑞)


 

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