Q:これから先の話をする前に、みなさんにお聞きしている質問をさせてください。 呉屋さんにとって、お料理とは何ですか?
呉屋:料理とは何? … 私は食べることが好きで、この世界に入ってきたと思うんです。別に裕福な家に育っているわけじゃなくて普通の家庭で育っているから、世界の珍味、というか美味しいものを食べてみたい、という気持ち、そこから、というかそこまでたどり着くには、自分が仕事をして知らなければ「どうやって食べるんだろう」となってしまうから、知識や技術を自分で学ばねばならない。だからこそ、美味しいものも食べることができる。知らなければ「猫に小判」になってしまう。美味しい素材があるのに、僕が知らなければ美味しく食べられない。だから料理を勉強する、やるしかない、と。まあ、そういうところですかね、料理というのは。
Q:それは料理をすることによって自分が美味しいものに出会えた、ということですか?
呉屋:いや、逆ですね。食べたいから料理をした、という感じです。食材があるのは知っていて、これをどうやって食べたいかな、どういう形で食べようかな、という技術をね。
Q:すると、美味しいものに出会いたい、食べたいから料理に突き進んだ、ということですか?
呉屋:あー、そうですね。
Q:やっぱり好奇心なんだな、人間というのは。
呉屋:好奇心もありますね。
Q:今、食べたいもの、まだ食べたことがなくて食べたい、というものはありますか?
呉屋:いや、フランスにあるものは大体食べたと思います。ただ僕まだバスク地方だけは知らないので、引退したら行ってみたいと思っています。
Q:バスクの野鳩。
呉屋:いや、野鳩ならばラカン産のものなど食べてますから。私、野生のもの得意なんです、アルザスにいたから、ジビエはこの店を開いた時から結構作ってます。まずは9月、飛ぶやつから始まってまずはスコットランド産のライチョウ、美味いっすよ。これ1ヶ月間だけなんです。
Q:ジビエは少し寝かす、というじゃないですか?
呉屋:いや、寝かせたら今の人は食べれないですから僕はしないです。それから僕はキジは使わない。パリの人にキジは食べられないです。しかも寝かさないで出すとパサパサしてしまうし。だからうちの場合にはライチョウですね。
Q:食べたことないと思います。
呉屋:そうですか、残念です。解禁して本当に1ヶ月だけなんです。スコットランドにライチョウラベルのウィスキーがあるじゃないですか、あれを飲みながら狩猟して、その後パリへと送られてくる。その後に鳩、野鴨などですね。
Q:あの、四つ足の動物は?
呉屋:あれはね、11月過ぎから。寒くならないとダメです。その前が野兎です。あれはうちの常連さんたちが首を長くして待っている。すぐに売れちゃうんです。ただね、仕込むのが大変です。時間も手間もかかる、知らないとできないです。うさぎの後に鹿ですかね、イノシシはうちではやらないですけれど。
Q:食べたいなあ。 さて、そろそろ終わりにしなきゃならないので、話題を次に移します。秋にはお店を閉められるとのことですが、そのあとは?
呉屋:持病などの治療もあるので、当分はこちらにいて旅行なんかをしようと思っています。さっきのバスク地方もだけれど、フランス自体をゆっくり観ていないので、旅行をまず。
おかみさん: お犬と一緒に。
呉屋:うちの子、犬も一緒に。
Q:フランス、そしてヨーロッパも。
呉屋:そうね。フランスをまず観て、次はイタリア一周。要するに食べ物の不味い国には行きたくないんです。アルザスが近いけれど、一度ドイツの知り合いの家に行ったら、芋と生ハムとかソーセージばかりだったんで、そしてビールね。水よりもビールが安いんですよ。
Q:すると食べ物は今ひとつと言われているイギリスにも行きたくない?
呉屋:イギリスね、ウィスキーは美味しいですよね。食べ物は不味いけれど、大英博物館だけには行きたいです。僕、ミイラが大好きなんです。
Q:そうなんですか?だったらルーブルのミイラも?
呉屋:好きです。ルーブルにはそれだけを観に行きます。ネズミとかうさぎとか、蛇なんかのミイラがいっぱいあるんですよ、ルーブルにはね。ただ、大英博物館はもっとすごい。もういっぱいいろんな種類があるから。僕ね、まだ行っていないですけれど、エジプトにも行きたいんです。危ないって言われてるでしょう。
Q:まあ、だけど危ないと言ったらどこにも行けない。
呉屋:今は、本当にそうですね。あとは運がいいか悪いかの問題、というか。この人(おかみさんの方を見ながら)はエジプトに行ってるんですよ。ミイラもそうですけれど、不思議じゃないですか。まだ僕は納得していない。スフィンクスとかピラミッドというのは絶対人間が作ったものではない、と思っている。不思議なことって世の中にいっぱいあるでしょう。それからブルターニュの石ね。
Q:カルナックの。
呉屋:そう、ああいうの本当に不思議だと思っているので、もう一度この目で見て確かめに行きたいと思っています。
Q:車で?
呉屋:本当はキャンピングカーで行きたいですね。ほら、うちは犬がいるでしょう。まあホテルでもいいですけれど。昔、初代の犬がいた頃はノルマンディーなんかにしょっちゅう行って、数日間も朝から晩までホテルやレストランの飯を食べていたけれど、この前行ったときに「もうやめよう、お釜を持って行ってご飯を炊きたい」と思いました。
Q:本当に!?
呉屋:食べられないです、毎日は。ご飯が炊ければおにぎりも作れるし。
Q:確かに。胡麻にお塩と梅干しさえあれば。
呉屋:あれを食べると、ほっとします。いや、昔はそんなことなかったです。でもね、年をとるとそうなります。その上に漬物があれば最高。だから自分はフランス人とは結婚しなかったんですよ。年とった時に白いご飯と漬物を一緒に食べられる人がいい。
Q:ご飯ぐらい自分で炊いて食べればいいじゃないですか。
呉屋:いや、それが嫌なんですよ。第一独りでご飯を食べるのが好きじゃない。独りで食べるのが嫌だから、一人の時には知り合いの店へ行く、とかね。じゃないと友達を誘って何処かへ食べに行く。
Q:フランスへ来てよかった、と思っていらっしゃいますか?
呉屋:はい。美味しい食材、美味しいワインがあるし。
Q:もしも来ていなかったら、何をされていたと思いますか?ラーメン屋さん?
呉屋:そうですね、ラーメン屋さんなんていいですね。こちらに来てもしもこの人(おかみさん)と結婚していなかったら、日本に戻って屋台を引いていましたよ。表参道とかね。本当に。まあテキヤにショバ代を払わなきゃならないんでしょうけれどね、日本の場合には。挨拶して、地道に。
Q:面白いじゃないですか。屋台のフランス料理やさんなんてカッコいい。
呉屋:でしょう?もしこっちでダメだったら日本でやるつもりでいたんです。煮込み料理、ブルギニョンとかブランケットとか色々な煮込みを、10人前、マックスで15人前ですかね。毎日メニューを変えて。絶対俺は流行ると思っていたんです。
Q:ワインは一応フランスのもので、キールなんて出しちゃったりして?
呉屋:そうそう。あとは、ほら白百合の女子大寮の近くとか。
Q:(笑)なぜ白百合の寮の近くなんですか?
呉屋:いやあ、学習院、目白でしたっけ?ああいうところで出してもいいんですよ。別に表参道なんて流行りの場所じゃなくても。昔、チャルメラ、女子寮の近くで流行っていたでしょう?焼き芋もよく売れた、って。
Q:結構呉屋さんは、ロリータというかストーカーオヤジだったりして(笑)。
呉屋:オヤジじゃないですよ、若いんだから。
おかみさん: 女子大を狙っているあたりはやっぱり危ない(笑)。
呉屋:チャルメラって知ってるでしょう?
Q:知ってますよ。チャララーララ、ってね。
呉屋:夜鳴きそば。いや、屋台はウケると思う。今はトラックフードが流行っているし。
Q:ところでフランスにいらして満足ですか?
呉屋:この前シャトーのパトロンが亡くなったんで、墓参りに行ったんです。 もちろんフランス、フランス人には不満なもありますけれど、言葉もろくに話せない人間を使ってくれた。日本じゃ考えられないです。すごい田舎で、電車も通ってないからヒッチハイクで行ったんです。フランスは車がないと田舎は特に大変じゃないですか。ヒッチハイクしたら乗せてくれる人がいた。そういういい人たちと出会えたというのは運がよかったです。アルザスのパトロンも亡くなっているので、お礼参りに今度行ってこようと思っています。昔の話ばかりは嫌だけれど、余裕があったんだな。僕がパリで初めて乗った地下鉄の中ではみんなが笑ってた、マダムもムッシューも。余裕ですよ。今は違います。何かあったら相手に食ってかかろう、喧嘩してやろう、というような顔つきをしている。それだけフランス人に余裕がなくなってしまった、ということですかね。だから、それが寂しいね。僕が来た時には、大国だな、日本とは違うな、余裕がある人たちばかりだ、と感じました。だから僕のような人間も使ってくれたし受け入れてくれたんだと感謝しています。
Q:定年後の居住地もやっぱりパリですか?
呉屋:パリですね、パリしか住むところがない。
Q:アルザスとか。
呉屋:アルザスには行きますけれど、住みはしないです。やっぱり腐ってもパリですよ(笑)。
Q:(おかみさんに)腐ってもパリ、ですか?
おかみさん: うーん。
呉屋:この人は田舎に行きたい、って言うけれど車を運転しないから。
おかみさん: (笑)やっぱり実際的な話、私たち田舎には住めないです。
Q:お二人とも東京ですよね?
呉屋:僕は田舎で働いたんで田舎でも住めますよ。
Q:でも、田舎に行くとミイラはいないし。
呉屋:(笑)やっぱり大英博物館、最高ですよ。あそこのミイラ、最高。何回でも行きたいです。
Q:そこまでですか。
呉屋:もう、ルーブルのなんてね。
Q:ちゃんちゃらおかしくって。
呉屋:屁の河童ですね。
Q:(笑)
呉屋:いや、小さいのが包帯をぐるぐる巻かれて可愛いですけどね。でも大英のはその比じゃない。もう一回行きたいですね。エジプトにも行きたいし。
おかみさん: だからこちらにはまだしばらくいますね。
呉屋:いますね。
Q:長い間楽しいお話を、本当にありがとうございました。

Epicure 108
Adresse : 108 rue Cardinet, 75017 ParisTEL : 01.4763.5091
アクセス : M° Malesherbes
月夜、土昼、日休 セットメニュー 32€(土曜除く) /38€
