カタルーニャ州議会選挙で独立派が再び勝利

亡命中のブリュッセルから勝利宣言した、プッチデモン前州首相。

カタルーニャ州議会選挙で独立派が再び勝利

 スペイン・カタルーニャ自治州の独立宣言を受けて中央政府が解散させた同州議会(定数135)の選挙が1221日に行われ、解散前と同様に独立派の3党が過半数を超える70議席を獲得した

カタルーニャ独立宣言は州住民の意向を反映していないとしてラホイ首相が民意を問う形になった選挙で再び独立派が勝利。この選挙結果をフランスのメディアも大きく報じた。

アリマダス氏率いる第1党「シウダダノス」党は反独立を支持。

党別では、36歳のイネス・アリマダス氏率いる反独立派の中道「シウダダノス」が37議席(改選前25)で第1党に躍り出た。ベルギー亡命中のプッチデモン前州首相率いる「共にカタルーニャのために」が34議席、勾留中のウリオル・ジュンケラス前州副首相の左派共和党32議席、民衆統一党(CUP4議席と、独立派3党で70議席。他の反独立派では社会党が17議席、ラホイ首相の属する国民党は改選前の11議席から3席に転落し、求心力のなさを露呈した。

数世紀にわたる中央政府との軋轢

カタルーニャはスペインの17の自治州のひとつだが、10世紀に誕生したカタルーニャ君主国を起源とし、固有の言語と文化を有し独立性を重んずる州だ。1714年にスペイン・ブルボン朝の軍隊に占領されて自治権を失ったものの、19世紀にはカタルーニャ文化復興運動が隆興。1932年に自治が復活したのもつかの間、フランコ独裁政権下(193975では自治はおろか、カタルーニャ語も禁止され、地域アイデンティティーは弾圧された。こうしたつい数十年前まで存在した圧政の記憶のために、自文化に誇りを持つカタルーニャ人の中央政府への不信感は大きい

1979年に自治憲章が制定されてカタルーニャ自治州が発足。2006年に州議会が採択した自治権を拡大させる新たな自治憲章が2010年にスペイン憲法裁判所によって一部違憲とされた。また、スペイン国内総生産(GDP)の20を稼ぎ出すにもかかわらず、公的財源配分でそれが還元されておらず、バスク自治州のような自主徴税権がないとの不満も表面化した。

ラホイ首相。

201411月に違憲判決を受けて非公式に行われた住民投票では、投票率42%、独立賛成が80%だった。同じく違憲とされた2017101日の住民投票(投票率43%)では92と賛成票をさらに伸ばした。しかも、この時は中央政府が多数の警官を動員して投票所の封鎖、投票用紙の押収など実力で阻止する行動に出た。そして州議会が独立を採択すると、中央政府は州政府の自治権を停止し、州議会を解散。プッチダモン州首相や州幹部8人に「国家反逆罪」で逮捕状を出した。

もし中央政府が実力行使に訴えずに話し合いを優先し、独立のデメリットを説きつつ民意を問う住民投票実施を許容していたら、賛成票と反対票はより拮抗していたかもしれない。ラホイ首相は今回の州選挙後にプッチデモン氏が呼びかけた話し合いも蹴っている。力と法で押さえつける代わりに、自治拡大交渉を優先させるべきではないのか? 内政不干渉と法律を盾にラホイ首相を無条件で支持する欧州連合(EU)も、この行き詰った状況を打開するためには、むしろ両者の対話を促すべきではないのだろうか?

投票率が82%にも達した今回の州選挙で「民意」は確認されたものの、カタルーニャ自治政府組閣は容易ではない。州議員に再選されたプッチデモン前州首相ら3人は亡命中、ジュンケラス前州副首相ら5人は勾留中だ。2月初め頃から組閣協議が始まるとみられるが、有力者がいない中での交渉は紛糾しそうだ。(し)