仏・コートジボワール関係が破局。

 コートジボワールのアビジャンといえば、15世紀には奴隷と象牙の輸出港。17世紀に西アフリカに進出したフランスが目をつけたのも象牙海岸で1917年に全国を制圧、46年には仏海外県に。58年に自治共和国となり60年に独立。コートジボワールはアフリカ仏語圏諸国の中でもフランスの旧花形植民地、カカオは世界1位、コーヒーは第3位の輸出国として栄えてきたのだが…。
 2002年9月の反乱以来、国連軍6300人、仏駐留部隊4500人の監視のなか、北部の反政府勢力(ブルキナファソやマリからの民兵も加担)とバグボ大統領の政府軍とが南北を二分割。03年1月、仏政府がお膳立てしたパリ郊外マルクーシでの合意で国民和解政府が樹立したが、じきに破たん。04年7月の合意点は、北部勢力代表の立候補を阻んできた大統領被選挙資格・国籍法改正と、この10月15日からの旧反乱軍の武装解除。が、北部勢力の武装解除がなされないまま、しびれを切らしたバグボ大統領は11月4日、北部の中心地ブアケ市への空爆を開始。
 6日、「故意」か「ミス」か仏軍部隊を空爆し仏兵9人を死亡させた事件で、即日シラク大統領は報復攻撃を命令、政府軍戦闘機とヘリ全機を爆撃させ、仏援軍700人を送る。さらに国連安保理に同国に対し武器輸入の禁止決議案を提出、15日に可決され、バグボ大統領の手足をもぎとる強硬姿勢に出る。
 同大統領を支持する市民らは、国営放送が放つ「フランスは北部勢力の共犯者」「仏帝国・植民地主義」「サタンに憑かれたシラク大統領」といった反仏感情をあおるアジテーションに共鳴し、抗議デモから騒乱に。ナタや銃を持った住民、民兵「青年愛国者」らの「白人・フランス人狩り」が始まった。仏系商店、レストラン、ホテル、学校の破壊や仏人宅での強奪、脅迫、暴行が続出。仏系在住者は着の身着のまま連日数百人が脱出し14日までに約5千人が帰国。なかにはフランスに縁故関係のない者も。ロワシー空港で届けられた被害の中には、騒乱者による仏女性の強姦も10件ほどにのぼる。
 数世代、数十年前に入植したフランス人も含め約1万6500人(65%は二重国籍)の仏系在住者にとって、第2の故郷か祖国かを選ばざるをえない両国決裂状態に突入。
 仏大手企業(トータル石油、テレコム、ブイグ建設)が国内生産の30%を占め、大半の中小企業が仏人経営の旧植民地国で「お巡り」の役を果たしてきたフランスは、その傘下からの被監視国の逸脱を国連軍の力を借りてでも抑え込みたいところだろう。(君)



D i c o

xénophobie
( グゼノフォビ 女性名詞)

 xénoは合成語の頭に来て、「外部、外国、異質」といった意味を付加する。後に続くphobieは「恐怖症、極端な嫌悪」のことだから、xénophobieは「外国(人)嫌い」という意味になる。「私は外国人は苦手」などと個人的に言っている程度ならあまり問題はないけれど、極右の国民戦線党ルペン党首などは「失業者が多いのは外国人が多すぎるから」などと演説して、外国人排斥運動あるいは国粋主義,をあおり立てる。形容詞はx始ophobeで、たとえば、外国人嫌いに端を発する差別はdiscrimination xénophobeとなる。

 これとは逆にxénophilieは「外国(人)びいき」のこと。(真)