1959年12月ナントの病院から、10年前に家族を捨てて行方不明になっていた父が亡くなったという電話。バルバラは即座にナントに発つ。
「Il pleut sur Nantes. Donne-moi la main. Le ciel de Nantes rend mon cœur chagrin. (ナントに雨が降る。手をかして。ナントの空は私を悲しくさせる)」。
遺体を前に、悲しさや哀れみとともに、10歳のときに性的な暴行を受けた心の傷が浮かび上がる。バルバラは自伝に書いている。「あんなにも嫌っていた父に、『許してあげるからおだやかに眠りなさい。歌のおかげで、私はいやされたんだから』と言えなかったことが、一番とり返しがつかない」
Mais il mourut à la nuit même
(…)Au chemin qui longe la mer
Couché dans le jardin de pierres
Je veux que tranquille il repose
Je l’ai couché dessous les roses
Mon père, mon père…
でも父はその夜亡くなった。(…)海辺に沿った小道の石だらけの庭に横たえられた。静かに休んでほしいから、バラの花の下に私は横たえてやった。おとうさん、おとうさん。) 訳は(真)。