初夏の抜けるような青空が広がる日がやってくると、むしょうにエスパドリーユ (espadrilles)が履きたくなる。底はジュート縄、上はキャンバス地という軽く涼やかなエスパドリーユは、フランス人の夏とは切っても切り離せないものだ。
エスパドリーユは14世紀にすでにカタルーニャ地方に記録が残っているほど歴史が古く、同地方やバスク地方で農作業や日常の履物として愛用されてきた。フランス側では、ピレネー地中海側のサン・ローラン・ド・セルダンとともにエスパドリーユのメッカとして知られているのがバスク地方のモレオン(Mauléon)だ。
仏北部の炭鉱労働者用に大量需要のあった20世紀初めには、副業として営む農民やスペイン人出稼ぎなど、モレオンに1500人の作り手がいたという。1980年代からは安価な中国製品が輸入されるようになってモレオンは大打撃を受けたが、今でも6社が残っており、近年、自然素材でできたエコロなファッションアイテムとして見直されてきたエスパドリーユに、デザインや素材で輸入物との差別化を図る。なかでも唯一、ドンキーショス社(Don Quichosse)は、バングラデッシュや中国製の既成の靴底を使わずにすべて自社で作っている。ジャン=ジャック・ウユさんと奥さんのダニエルさんの2人だけの会社だ。
アトリエはまるで巨大な倉庫。昔はジュートでなく、地元産のエスパルト(spart)というイネ科の植物が使われていたが、大量栽培できないため19世紀初めに輸入ジュートに代わった。ウユさんも、世界一 (ほぼ100%)の産地バングラデッシュからジュート紐を輸入し、それを百年前の機械で平らな幅広の紐状に編む。それを楕円形の木製器具「ムルーズ (mouleuse)」で器用に巻きつけて靴底の形にする。このシンプルな道具はウユさんが26年前、3代続いたエスパドリーユのアトリエを買い取った時に引き継いだ70年前のもの。ゆるやかな紐の靴底はプレス機で圧縮された後、溶かしたゴム粒と一体になって靴底になる。そして、側面+かかと、足の甲の部分用の2枚の布(仏バスクやスペイン製)をダニエルさんが綿糸ですいすいと縫いつけていく。この手縫い作業は外部の12人に委託している。
有名ブランドからも直接注文を受けるドンキーショス社では、布の代わりに革を使う注文が増えており、ヘビ革、ワニ革などの高級品も手がける。週末もなしに働くウユさんは、「大量生産はできないが、自分たちで生産を管理できる規模でやりたい」と、メイド・イン・バスクにこだわる。年産2万足の半分はアトリエにある店と50km西のオセス (Ossès)にある店で販売。輸出は約2割で、ネット販売もしている。ただ一つ気がかりなのは、「Entreprise du Patrimoine Vivant」 の呼称を持つ伝統技術の後継者がいないことだ。(し)
www.donquichosse.com