『 Bella e Perduta 』緩やかに滅びゆく、イタリアの残像。

© Shellac

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イタリア人ピエトロ・マルチェッロ監督は、かつて読んだ旅行記に導かれ、自身の出身地である南部のカンパニア州から旅を始める。その道中で出会うのが、素朴な羊飼いのトマゾ。犯罪組織カモッラの手により、廃墟と化していたブルボン家の王宮を救おうと、誰に頼まれるでもなく清掃を続けていたのだ。監督はこの健気な姿に心打たれ、トマゾについての物語を撮り始めるが、撮影中に彼は心臓発作で亡くなってしまう。監督はこの事実を構成要素に再出発、現代のおとぎ話をフィクションとして語り直すことを選んだ。

物語を引き継ぐのは、白い服に黒い仮面をつけたプルチネッラと、トマゾが残した幼い水牛のサルキアポーネ。プルチネッラとは、伝統的なイタリアの風刺劇コメディア・デラルテに登場する道化師のこと。ここでは動物の言葉を解し、死と生をつなぐ橋渡し的な役割を担う。彼は屠殺場行きの運命だったサルキアポーネの世話を引き受け、ともに平穏な土地を目指し北上する。

全編モヤがかかったように薄暗く幻想的で、光と影の表現が素晴らしい。本作のタイトルをフランス語で言えば「Belle et Perdu」。観客は水牛と道化師の視線を通し、緩やかに滅びゆく「美しく失われた」イタリアの残像を見ることになるだろう。だがそんな現代社会への批判めいた視線を感じ取るより、まずは不意打ちの映像表現にハッとさせられる。この粒子粗めの霞んだ世界は誰の目線?と疑問が浮かぶうち、どこからともなく水牛の心の声が聞こえる。「私が死んで人々が話さなくなれば私は消える」「私はこの匂いを覚えている」「人生に意味はあるのか。大事なのは人生を愛すること」。そのつぶやきは夢のように儚(はかな)げだが、まっすぐ生命の神秘に触れる力を持つ。そんな自然からのメッセージは、水に落としたインクのようにじわじわと心に染み広がる。だがプルチネッラが仮面を外し人間に近づいた時に、たちまち母なる自然は遠ざかるだろう。ドキュメンタリーとフィクションの間を、不思議な磁力で漂う詩情豊かな作品。(瑞)


 

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