美しいパリの街路風景を写真に撮ろうとすると、いつも邪魔になるのが路上に駐車中の車だ。カルチエ=ブレッソンやアッジェのような趣のあるパリのたたずまいを撮るのはもう無理だと思っていたが、この展覧会を見て、まったく違う発想があることに気づいた。
エグルストン(1939-)は、アメリカ南部メンフィス生まれ。カラー写真がコマーシャルやファッション用で、芸術写真はモノクロに限ると思われていた時代に、カラーの芸術写真が可能であることを証明した。それが1976年のニューヨーク近代美術館MOMAでの個展で、彼の名は一躍有名になった。 今回の展覧会は、エグルストンがカルチエ財団の依頼でパリの風景を撮ったものだ。
この写真のどこがパリ? と思われるアイデンティティ不明の写真が並んでいる。ノートルダム大聖堂といった観光名所でも撮られているが、それに相当する写真がどれなのかわからない。
エグルストンは場所の持つ力に頼らない。ありきたりのもの同士が出会った一瞬の美をとらえている。車は邪魔物ではない。車の窓ガラスが作るボリュームが、作品の中に複数の空間を生み出している。これは、セロファンで包まれたパリ風景だ。透けて見える中身は普通のものなのに、見たこともない、わくわくさせるものになっている。
婦人服店の正面を撮った作品がある。店の前に立ちはだかる信号の緑、ネオンの黄色、ブティックのモザイクの壁に外の色が反射して、紫や水色に変化するさまが、たそがれどきの夢の国のように美しい。展覧会を見た翌日、地下鉄Château d’eau駅の前を通った。駅の階段のすぐ上の安物衣料店を見て、この写真の被写体とわかった。作品とは雲泥の差。どこにでもある場末の風景だった。
独自の視線の秘密は、彼の絵画への嗜好(しこう)に隠されているようだ。会場には、フェルトペンで描かれた、エグルストン自身による抽象画も展示されている。崇拝する画家はカンディンスキー。それは、絵を見ても写真を見ても納得できる。静かな平衡を破るものが写真の中にあり、動きを作り出している。彼の写真は、具象の形がなかったら、そのまま抽象画になりうる。(羽)
Fondation Cartier : 261 bd Raspail 14e M°Raspail
6月21日迄。月休。
William Eggleston, Sans titre, série Paris, 2006-2008
© 2009 Eggleston Artistic Trust Courtesy Cheim and Read, New York
Exposition William Eggleston, Paris.
Fondation Cartier pour l’art contemporain, Paris, 4 avril – 21 juin 2009