photo : Lot
真っ暗な舞台の中、「ちぇっ、壊れちまった」とつぶやく男に「おい照明係! 登場人物ひとりひとりにちゃんと光を当ててくれなきゃ困るよ!」と難癖をつける演出家は、最後の通し稽古に真剣な表情。こうしてヴォルテールが1767年に執筆した原作をジャン・コスモがアレンジした舞台劇が始まる。
「L’ingénu=自然児」は、アメリカ大陸北部の原住民ヒューロン族出身で、イギリス軍に組み込まれフランス語を覚えてブルターニュ地方にたどり着く。頭に羽はつけていないとはいえ、肌の色も髪型も、そして服装も見るからにインディアンでしかないこの「自然児」に、18世紀のブルターニュ人は偏見を持たず自然に接する。あげくの果てには「自分の弟の息子だ!」と宣言する地元神父の家族の一員として受け入れられ、カトリック教徒になるべく洗礼を受ける。そして「自然児」の名付け親を名乗りでた美女との恋。イギリス軍からブルターニュを守り英雄にまつりあげられた「自然児」の前途は多望なように思えたのだけれど…
国民としてのアイデンティティだの移民問題だのが取り沙汰される今日、この舞台劇はとても興味深い。人間は見かけや素性ではなく「人」そのものに価値がある、とこの作品は語りかける。とはいえ無垢でナイーブだった「自然児」も社会にもまれ、その醜さに出くわすうちに文明人として成長し、その素晴らしいおおらかさを失うことになる。
ブルターニュの海から貴族の食堂、戦場から王の宮殿そしてバスチーユの牢獄…と素早く変身する舞台美術は、大道具や小道具、そして照明の工夫の賜物。ヴォルテールの言語を見事に蘇らせる11人の役者たち、そして劇中でも演出家の役を演ずる演出のアルノー・ドニに拍手。(海)
Théâtre Tristan Bernard :
64 rue du Rocher 8e 01.4522.0840.
火-土21h、土マチネ18h 。16€-35€。