パリはストの真っ只中。約束の場所に、さっそうとキックボードで現れたコリンヌさん。「娘のを拝借したら、意外と早く着いちゃったわ」と、住まいのモントルグイユ通りからマレ地区の北東シャルロ通りまで15分で到着した。
1980年代プレタポルテの草分け的存在〈ドロテ・ビス〉のデザイナー、ジャコブソン夫妻の間に生まれ、16歳でモード業界に入る。半年前に拠点を移したマレ北界隈は、「フレンドリーな空気が流れているけど、人々はとてもエレガントよ。NYのソーホーを彷彿させるでしょ」。歴史的な街並みに、ぞくぞくとオシャレな店が登場し、大きく変貌を遂げたこの辺り。小さな個人商店やカフェ、常設市場アンファン・ルージュが並ぶブルターニュ通りを中心に、モードや音楽業界のクリエーターが集まっている。「もちろんパリのほかの地区と同じで、知り合い同士で固まってしまう傾向もあるけど、サンジェルマン・デ・プレや16区、モンソー公園辺りのとりすました金持ち風俗とはわけが違うの。パリ最大の魅力は、さまざまなカルチャーがミックスしていることだわ」という。
11区のバフロワ小路にも思い入れが深い。そこは、コリンヌさんが生まれ育った7区を離れ、長年暮らした場所でもある。「引っ越しを決めた時、父はひどく動揺したわ。気は確かか! あんな醜い労働者街に住むなんて」。戦前、そこにはユダヤ人のコミュニティが存在し、父親が生まれたアパートもあった。一家三代にわたる思い出が残るこの辺りは、時代の移ろいとともに、古い記憶は影をひそめ、芸術家や職人たちの街へと変化していく。しかし、4、5年前から「銀行家や金融業界のブルジョワがロフトを購入し始め、昔のパリの面影がますます消えていった。老朽した建物が修復されて美しく生まれ変わるのはいいけど、特権意識が膨れ上がり、地価が高騰。そのせいで立ち退きを迫られる人が出てきたのはよくないわ」と憤る。
そんなコリンヌさんは、半年前、車の盗難にあって以来、ウォーキング族に転身した。「ぶらぶら考えごとをしたり、ショーウインドーを眺めたり、パリの生活が断然面白くなったわ。しかも地球に優しく、スポーツまでできるとあって、一石二鳥よ。泥棒に感謝ね」と魅力的なしゃがれ声で続けた。ちなみにヴェリブは? との質問には、ゆっくり煙草をふかしながら「とても無理よ。41キロの私が22キロの自転車を操るなんて。すぐにひかれてしまうわ!」(咲)
●Le Progrès
「ここに立ち寄ると、必ず顔見知りに出会うからホッとするの」とコリンヌさん。一見普通のタバコ屋を兼ねたカフェだが、センス抜群のパリっ子たちが集まる界隈一の社交場。自由で気さくな雰囲気に、昔ながらの文化的な香りが入り混じって、元気のいい空間を作っている。
1 rue de Bretagne 3e 01.4272.0144
M。 Filles du Calvaire / St-Sébastien Froissart
8h15~23h。日休。