田舎で清貧の生活を送る無名作家のトレープエフと都会で裕福に暮らす有名女優の母親アルカージナは、すべてにおいて正反対の母子で、息子は母親が自慢する芸術を安っぽいと批判し、母親は息子の作品を退廃的だと相手にしない。この母子喧嘩の脇で、トレープエフが愛するニーナとアルカージナの愛人である有名作家トリゴーリンの愛が育まれ、アルカージナが都会へと帰る日、ニーナの心はすでにトレープエフの元から飛び立っている…。 アントン・チェーホフの『かもめ』では、ほとんどのチェーホフ作品のように特別何も起こらない。湖のほとりで皆が過ごす数日間、目に見えない何かがそれぞれの内面で変わっていく。ニーナにその変化が一番著しい。トレープエフが書いた戯作を披露する冒頭では元気のいい「少女」だったのが、再会を誓い旅立つトリゴーリンを送り出す時にはすでに「大人の女」の艶やかさを放ち、そして夢破れてトレープエフのもとへ戻ってきた時には「老女」と見まがうほど様変わりしてしまっている。 演出のヴィルジル・タナスは「チェーホフが望むとおり、喜劇にしたかった」と語る。たしかに登場人物たちの会話に生じる微妙なずれ、日常でも大女優を気取る母親アルカージナのスラブ風アクセントと大仰さは繊細で軽やかな笑いを生み出す。加えて顕著なのは全体を覆う「懐かしさ」。特にトリーゴリンとニーナが愛を語り合う場面は見ていてちょっと照れくさいほど。これはニーナ役のカロリーヌ・ヴェルデュの美しい瞳が持つ魔力に負うところが大きい。あーあの瞳! 時々伴奏で入る生ギターの音を耳にしながらロシア人映画監督ミハルコフの『黒い瞳』をなぜか思い出していた。これも一種のノスタルジーです、はい。3月11日迄。(海) |
水-土21h、日15h。 15€-22€。 Theatre Mouffetard : 73 rue Mouffetard 5e 01.4331.1199
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D A N C E ●Alain PLATEL “vsprs” 19世紀精神医学者によって撮られた短い映像、17世紀初頭のモンテヴェルディによる音楽 “Maria Vespers” をベースに、生演奏のバロックのアンサンブルと歌声、そこにコンテンポラリージャズセッションが入り交じる。その舞台上に、リアルに描写された市井の人々が繰り広げる世界は、次第に観る者を詩的な世界に誘っていく。 1956年ベルギー生まれのアラン・プラテルは、言語教育学の専門教育を修めた後、仲間たちとの舞台活動から彼独特の演出方法を身につける。構成が斬新でありながら、現代社会とそこに生きる人間たちを深く見つめ掘り下げる視点は、この社会の現実の辛さの中にありながら温かい。そんな彼の舞台は90年代のヨーロッパの各都市で絶賛された。昨年久々の演出作品となった “Wolf” は、オペラ・ガルニエで上演され、その演出の前代未聞ぶりは話題を呼んだ。(珠) |
16日-18日、21日-25日/20h30、 Theatre de la ville : 2 place du Chatelet 4e 0.4274.2277 |