サルトル、ボーヴォワールからカール・ラガーフェルドに至るまで、数多くの著名人に愛されてきた、世界で最も由緒あるカフェの一つ、カフェ・ド・フロール。
今年4月から、20人のレギュラー・ギャルソンの一人として店に立つ山下哲也さんは、フロ−ル創業145年目にして、フランス人以外の初めての外国人、しかも日本人ギャルソンだ。
以前はフロール・表参道店の名物ギャルソン。しかし閉店。「自分の信じるスタイルでギャルソンをするために亡命してきた」
失業率が1割を超えるこの国で、日本人が有名カフェに雇用されることは、奇跡に近い。事実、日本で培った人脈はあったものの、渡仏後9カ月間は店に立つチャンスはまったく巡ってこなかった。「自分のギャルソンとしての才能に自信があったから待てた」。その才能は8年前、フロール・京都店(現在は閉店)開店時に、パリ本店から来日し1カ月間共に働いたギャルソンたちによっても認められた。山下さん自身、彼らのダイナミックでありながら一切無駄のない、流れるようにエレガントなサービスを目の当たりにして大きな衝撃を受けた。「あの時、一生ギャルソンをやると決めた」。2002年の7月から「控え」として店に立ち始め、その実績と才能が再確認されてのレギュラー昇格だった。
固定給ゼロ。自分の受け持つテーブルの 飲食料の15%、そしてチップが収入のすべてだ。最近はパリでも固定給制のカフェが大半を占めてきたのを、「元来ギャルソンは自由と独立が命、身体一つでサービスの質を武器に勝負してこそなのに」と嘆く。
そんな彼のパリは、とにかくサンジェルマン・デ・プレ。「サンジェルマン・デ・プレ界隈は僕にとって、芸術文化の発祥地として聖域的な感じさえします。ここで働ける自分は本当に幸運だと思う」。その聖地のシンボル的なカフェで、天職のギャルソンとして生きることは、ここで彼の考える「新しい日本人」を創るため、それが最終的な野心なんですけど、とこっそり教えてくれた。
ようやくたどり着いたスタートライン。「何もかも、これから」と言い切る精悍な横顔は、出陣するサムライだった。(郁)
●Eglise Saint-Sulpice 「深夜にこの教会を見て、その美しさに絶句しました。天使の間のドラクロワの絵は僕の心の支え」と山下さん。正面に美しい噴水広場を持つ17~18世紀建立の教会は、サン・ジェルマン・デ・プレ教会、リュクサンブール公園と並ぶ、6区の憩いの場。 Place Saint-Sulpice M。St-Sulpice |
|
|
|
地域主義
www.revue-republicaine.org/spip/rubrique.php3?id_rubrique=0011 www.ladocumentationfrancaise.fr/rapports-publics/984001448/index.shtml |
サヴォワでは王制復活を望む落書きも見た。パリで見かけたブルターニュ地方の旗のペイントでお国自慢をする車。 |