ワッハッハッハ!という豪快な笑い声が室内から聞こえた。恐る恐る中を覗くと、歯医者によくあるがっちりした金属製の椅子にうら若い金髪の美女が座らされ、見る見るうちに八十歳の老婆に老いさせてしまう魔女がそこに立っていた。老いた女優は鏡に映る自分の顔をじっと見つめていた。初めは好奇心から、しかししばらくすると彼女の目が潤みだし細い涙の筋が頬を伝って流れ落ちた。彼女は鏡の中に、いつか自分に訪れる本当に老いた姿を見つけてしまったのだった。
クルック・麗子という、七十年代初めにパリに住みついた特殊メイクアップアーチストとして著名な女性がいる。彼女は、ルルーシュ監督の「愛と哀しみのボレロ」では多くの俳優を老化メーキャップで変身させ戦中戦後の時空間を思うように飛び回らせた。ヘルツォーク監督の「ノスフェラトゥ」ではクラウス・キンスキーを前代未聞の吸血鬼に仕上げた。
彼女の活躍する分野は映画、演劇、オペラ、CFにおけるメイクやアートディレクションの仕事にとどまらず、自身でも監督として短編やCFを多数作っている。彼女の行動範囲は止むことなく広がり、特殊メイクの副産物としてスーパーリアリスト彫刻家としても知られる。カルチェ財団で開かれた「本物の偽物」展のアート色の強い作品や人気俳優ジェラール・ジュニオーやサッカーの王様ペレの生き写し彫刻等まさに変身の魔術師だ。
彼女の著書「*メタモルフォーズ」は、スクリーンや舞台の陰で繰り広げられる変身の過程を多くの写真やデッサンで紹介し、「容姿と魂」への根本的な問いかけに答えている。彼女の仕事は容姿を変えるから凄いのではなく、性格まで変えてしまうから凄いのだ。
彼女は変身し続け、赤トンボになって空を飛ぶことを夢見ながら、来年三月、福岡市で行われる「皮膚の叫び」展に向かって飛び立とうとしている。(トガシ)
※エスパス・ジャポンの図書室で閲覧可。