マルセイユ石鹸(Savon de Marseille)といえば、入浴、食器洗い、洗濯に昔からフランス人が愛用してきた。しかも、近年はナチュラル志向から、その名を冠した化粧石鹸やボディソープ、シャンプーなどの製品が人気を呼んでいる。そこで、このフランスの逸品のルーツを探るため、中世から石鹸製造の中心地であるマルセイユを訪れた。
「フェール・ア・シュヴァルFer à cheval」の石鹸工場は、マルセイユ14区の下町にある。出迎えてくれたラファエル・スガン社長(28)によると、伝統的製法のマルセイユ石鹸は植物油と水酸化ナトリウムと水のみが原料。香料や染料を加えると保存料も添加されるため、純正マルセイユ石鹸とは言えない。だが、アジアから動物油脂などを使った安い未加工石鹸を輸入して香料や染料などを加えて「マルセイユ石鹸」として販売されているケースが多いのは「とても残念。品質うんぬんではなく、消費者に正しい情報を伝えるべきだから」という。
同社は他社ブランドの製品も含めると、マルセイユ石鹸の9割を生産している老舗だ。1856年から石鹸を作り始め、所有者は何度も代わったものの今に引き継がれる。2013年に司法再建下に置かれた会社を現社長が買収して新マルセイユ石鹸洗剤会社NCDSMとし、19世紀から伝わる「フェール・ア・シュヴァル」の商標を復活させた。社員32人、年商600万ユーロ。ボディソープ、クリーム、洗剤なども作っているが、石鹸生産は年間1800トンだ。
19世紀の工場は今でも使われており、当時のレンガの大釜も保存されている。
現在はステンレス製タンクだが、製造手法は伝統を踏襲。まず、オリーブやココナッツ、アブラヤシから採取された油と水酸化ナトリウムをタンクに入れ、タンク底の輪状の管の穴から水蒸気を出して約120℃に熱する。この段階で油脂が水酸化ナトリウムによって高級脂肪酸塩(石鹸)とグリセリンに分解される「鹸化」が起きる。そして、どろりとした液状石鹸は何度か塩水で洗われ(塩析)て不純物を沈殿させる。数回、水酸化ナトリウムを加えて再び熱し、純度を上げていく。ここまで8~10日間かかる。
工場を見学した時は、一つのタンクがこの過程がほぼ終わりかけた段階だったので、石鹸職人親方(maître savonnier)見習
いのステファンさんが、どろどろした黒っぽい石鹸を容器ですくって調べていた。この「味見」で粘り気や均質性の具合を確かめ、さらなる作業が必要かどうかを判断するわけだ。父親も親方だったというステファンさんは、「石鹸職人は自分の勘と経験が頼り。3年の修行が必要だが、自分は1年半なのでまだ半人前」と言う。この日不在だった親方はこの道32年。ノウハウは親方から弟子へと綿々と引き継がれてきたのだろう。
こうして18~48時間寝かされた石鹸液は真空噴射されて水分を飛ばされ、冷めて固体になる。そして、棒状に整えられてからカットされ、あの正方形の石鹸になるのだ。オリーブ油が主成分の場合は濃い緑色に、ココナッツオイルの場合は乳白色になる。マルセイユ純正石鹸にはこの2種類しかない。特徴はこの色と、独特の臭いがすること。社長によると、表示された原料が5つ以上だと純正マルセイユ石鹸ではないそうだ。
香港生まれのスガン社長は、「中国や韓国では〈メイド・イン・フランス〉が高く評価される。フランスで3ユーロのマルセイユ石鹸が韓国で25ユーロ相当で売られていたのを見て」ビジネスチャンスがあると思ったという。19世紀には何十軒もの石鹸工場があったマルセイユとその周辺だが、今は4社を残すのみ。スガン社長は他の3社とともに純正マルセイユ石鹸の新ロゴを作ってアピールするとともに、自社ブランドをさらに発展させたいと意欲満々だ。(し)
www.savon-de-marseille-boutique.com
Fer à chevalのマルセイユ石鹸 。
「鹸化」を終えたばかりの液状のオリーブ石鹸。ほぼ黒色!
50cmくらいのお得な 棒状石鹸 (4kg)20€。
石鹸の 「味見」をする石鹸職人親方見習いのステファンさん。