脱税や申告漏れで追徴金をとられたり、刑務所に入れられるといった話はよくあるが、さすがに死刑になったという話は聞かない。まして月決めで定額納税している善良な市民が税務署に「殺された」となれば、常軌を逸している。だが、そんな記事が11月末のパリジャン紙に載っていた。
パリの東、クレテイユ市に住む公務員のクリストフ・デエナンさん(41)のもとに税務署から奇妙な書状が届いた。宛名は彼自身ではなく「相続人様」となっていた。そして文面には、「クリストフ・デエナン氏の死亡にともない、これまで所得税納入のために契約していた毎月の銀行引き落しを停止します」と記されていた。
もしこれが4月1日のエイプリールフールであったなら、歌や手品を見せてくれる奇特な国鉄の車掌さんのように、「ブラックユーモアのセンスがある役人がいるものだ」と笑ってすましていたかもしれない。だが、残念なことに偶然は税務署に味方してくれなかった。
確かに、クリストフさんには10月に奥さんが職を失うという経済的な問題はあったが、それでも納得がいく話ではない。勝手に死人扱いされてはたまらいと、税務署に理由を聞きにいくと、部署の間をたらい回しにされたあげく、謝罪もないまま、「理由はありません」と説明を拒否された。そして、納税者が「生還」したことをいいことに、「死亡中」に未納だった分を支払わせられたという。
新聞では、税務署側はクリストフさんが利用していた銀行が同姓同名の人物と混同したことが元凶だと語っている。「こんな通知を重病で苦しんでいる人に送ったら、どんな気持ちになるのか、わかっているのだろうか?」とクリストフさんは問いかける。
だが、世の中を見回してみれば、彼の境遇をうらやんで、自分たちも同じように税務署に「殺されたい」と心の底で思っている御仁は結構いるのではないだろうか。「元フランス人」のベルギー人歌手ジョニー・アリディやスイス人実業家など 、より安い税率をもとめて他国に移籍するケースはめずらしくなくなった。財布のために国を捨てられるのなら、書類上の命など捨ててやるというくらいの気概を見せてもらいたい。『レ・ミゼラブル』のジャン・ヴァルジャンからオベリックスまで演じてしまうあのロシア国籍の俳優ジェラール.ドパルデューにかかれば、残りの人生を「殺され役」や「死んだふり」で通して生きることなど、朝飯前なのではないだろうか。(浩)
画像:「税金上すでに死亡」と題されたパリジャン紙。写真はクリストフさん。