朝のパン屋でクロワッサンを買おうとして20ユーロ札を出すと、「アンタ、何考えているのよ! つり銭がないわよ!」と店員に怒鳴られた。前の晩の寝つきがよろしくなかったのだろうか。あまりに度を越した反応に、「商売人ならつり銭ぐらい用意しておけ」と反論する気にもならず、「3軒となりのパン屋で何か買って小銭を作ってくる」とうそぶいて店を出た。こういう店には二度といかない。
だが、10月28日付のフィガロ紙を読んでいると、つり銭がないと客をしかり飛ばす店員はまだマシなほうらしい。信じられない話だが、北部のドゥエ市でスーパーで210ユーロの買い物に500ユーロ札を使おうとした夫婦が、店員から「偽札使用」の疑いをかけられて警察に通報されたあげく、ひと晩留置所に入れられたというのだ。また、同じ記事で紹介された会社員なども、郵便局で渡された5000ユーロ分の500ユーロ札をどの店も受け取ってくれないため、返しにいったところ、当の郵便局から「偽札の疑いがある」と交換を拒否されたという。カフカの小説まがいの不条理がこの紫色のお札を取り巻いている。
そもそも最高額紙幣である500ユーロ札は市場に出回っている量が少ない。紙幣全体の3.5%という数字が出ている。あまりに目立つ代物ゆえに、偽札を作る側もリスクが高くて手を出さない。実際に欧州中央銀行の統計によると、発見された偽札のわずか0.6%にしかすぎず、逆によく偽造されるのは50ユーロ札(44%)と20ユーロ札(38%)だという。
500ユーロ札は滅多にお目にかからない紙幣であるだけに偽札探知機を備えるのは無駄だという商店の意見は確かに一理ある。だが、厄介者は抱え込みたくないからと、真札までトランプの「ババ抜き」の「ババ」ように毛嫌いし、果てはそれを持っているだけで客を警察に突き出すというのは、風評被害もいいところだ。
「悪貨は良貨を駆逐する」といったのは16世紀の英国の財政家グレシャムだが、今回の「弊害」ならぬ「幣害」は、まさに彼の言葉をリアルに再現した形になった。さらに突き詰めていけば、ぞんざいで無愛想だといわれるフランス人の客あしらいの悪さが、これまでの定評を通り越して、今や客を無条件に「どろぼう」や「詐欺師」扱いするレベルに一般化しつつあることを露呈しているようにも思える。今度ばかりは、疑われるような大枚など入ってくることもない、 自分の空っぽの財布に安堵感を覚えた。(浩)