—母国語で読むということ〈ウクライナ編〉—
ノーベル平和賞の受賞が決まった10月10日の夜、「古本市がある」と知人に誘われて行ったウクライナ大使館文化センターの広間で、主催者のオレーナ・コデさんは帳面を片手にせわしなく動き回っていた。
「その本は2ユーロ、こっちは1ユーロよ」と声を上げるオレーナさん。民族衣装姿の彼女や、ウクライナ語やロシア語、フランス語の本のページを繰りながら談笑する人たちを見ると、どこか牧歌的な印象を受ける。だが、多くの客が真顔で「おつりは要らない」とお札を渡すのは、単に読書の秋を楽しむためだけではないようだ。今夜の売り上げが祖国ウクライナのために寄付されるからだ。
ちょうど1年前、親ロシア派の大統領に反対する市民運動から始まった政情不安は、クリミアのロシア併合などを経て、独立を主張する東部での内戦へと発展し、いまだ解決をみていない。15年前からフランスで暮らし、パリ政治学院で学んだオレーナさんは、この現状を「文明紛争」と考えている。ウクライナがロシアの一部であるとか、スラブであるというのは間違いだ、と彼女は強調する。というのも、ウクライナは言語の上ではフィンランドやハンガリーに近いウラル語族に属しているとされ、ロシア語を筆頭とするスラブ語族とは異なるからだ。しかし歴史を通じてロシアは、近隣諸国は自らの勢力圏であるという大国の論理を押し通してきた。これは彼女たちにとって決して受け入れることのできない考え方である。
歴史上、ウクライナはしばしば大国の利害の犠牲になった。そのたびに多くの同胞が国外に逃れ、国外のディアスポラは傍観することなく活動した。フランスのウクライナ人コミュニティーは、第2次世界大戦や冷戦の最中に亡命してきた人やその子孫と、もう一つは、1991年のソ連崩壊後に渡仏してきた人たちの2つのグループに分けられるという。
収益が寄付されることになった団体〈AMC France-Ukraine(フランス=ウクライナ医療慈善団体)〉のディミトロさんとウリヤーナさんは、現地の紛争地帯の窮状をうったえ、野戦病院で不足している医療器具や資材を送ったり、医師の派遣を行っている。毛布や衣料なども必要となってくるが、輸送のトラック代だけでも2000ユーロはかかるため、資金集めが大変だという。それでも、これまでにキエフのマイダン広場で片目を失った市民など4名の負傷者をフランスに招き治療を受けさせた。今日集まった資金も止血バンドなどの購入に使われる。
「プーチンが失脚でもしない限り、今度の紛争は長期化する可能性がある」と、オレーナさんは見ている。いつになったら祖国に平和がおとずれるのか? 会場にはウクライナの児童が描いた色彩ゆたかな絵が掲げられ、親と一緒に来た子供たちが楽しそうに遊んでいる。なぜ大人たちは彼らのように単純に仲良くなることができないのかと考えると、ため息が出た。(浩)