先月16日、24時間耐久レースで有名なル・マン市に住んでいたチェチェン人の青年が、モスクワ行きの飛行機で強制送還された。2013年ブラジリアン柔術フランス大会の優勝者、イリヤス・デメイエフさんIlias Demayev(22歳)だ。昨年の10月に亡命申請者の滞在期限が切れて国外退去命令が出ていた彼は、監察義務で出頭した警察署で拘留され、そのまま空港に連行された。
カナール・アンシェネ紙が伝えるこのニュースが非常に気になるのは、「ブラジリアン柔術」が移民という問題を深く象徴しているからだ。
格闘技好きなら知らぬ者はいない、史上最強といわれるブラジルのグレイシー兄弟。彼らの父エリオに日本の柔術を伝授したのが、ブラジル日系移民の指導者だった前田光世(コンデ・コマ)だ。これが20世紀を通じて発展し、今日のブラジリアン柔術ができ上がった。「柔道」とは違い、相手をきれいに投げても一本とならず、絞め技や関節技で降参か失神させるか、もしくは点数で勝敗が決まる。中でもポルトガル語で「何でもあり」を意味する「バーリトゥード Vale tudo」という競技では、かみつきや目への攻撃の他は、けりでも殴りでもどんな技も許される。こういう競技形態の背景には、武道を広めるべく明治の日本を飛び出した前田が、世界中で猛者たちと反則なしの異種格闘技戦を連戦連勝で闘い抜いてきたことにある。
奇しくも彼の何代目かの弟子にあたるイリヤスさんも「余所者」としての闘いを強いられている。しかしそれは試合場の畳の上だけではない。チェチェンでは(親ロシア)政府の弾圧が激しく、すでにフランスから強制送還された彼の兄弟も故郷の警察から拷問を受けて、再度亡命したという。つまり今モスクワに送られれば命の保証はないのだ。彼の釈放を求めて道場の仲間たちが5000名の署名を集め、市長も県知事に嘆願書を送った。正規採用(CDI)で彼を雇ってもよいという事業主も現われ、滞在許可書を申請できる条件もそろっていた。だが、県知事は頑として意向を変えなかった。
「フランスに貢献する外国人は歓迎する」という建て前がどの政権でも語られてきた。だがその現実たるや、地方の小さな町で子供たちにスポーツを教えながら自らを鍛え、全仏チャンピオンになるような外国人の模範ともいうべき青年ですら国外に追放してしまう。とんだ「退場処分」である。大統領の名前が「オランダ Hollande」で、首相が元スペイン人というこの国の移民行政は、ブラジリアン柔術以上に「バーリトゥード」だ。(康)