母国語で読むということ〈フィンランド語編〉
Rue des Ecolesの書店を出て、ふと振り向くとフィンランド文化会館Institut Finlandaisなる建物が立っていた。にぎやかである。深みのある金髪の美女たちにひきつけられるように扉を開けると、改築工事を終えたばかりのこけら落としを兼ねた写真展のヴェルニサージュだった。
スカンジナビア半島の北東に位置するフィンランド。日本でもよく知られているのが、作曲家シベリウス、デザイン、そして何といってもトーべ・ヤンソンが生み出したキャラクター〈ムーミン〉だ。
展示された写真をみていると、樹木や水などの自然をテーマにしたものが多い。「フィンランドの文化は、自然との関わりが深く、そして幻想的」というのはトゥーマス・アウティオさん。会館の職員として働きながら国立高等社会学院で〈持続可能な開発〉を学んでいる大学院生だ。
フランスのフィンランド人コミュニティーはそれほど大きくない。「たまにフィンランド人のような人を見かけて、話してみるとスウェーデン人だったということはよくある」とトゥーマスさん。前回のフィンランド大統領選挙では約6千人がフランスから在外投票したという。
フィンランド語の書店などもないため、文学書や美術書、児童書やCDなどをそろえた当館の図書室は、彼らにとっての重要な母国語の情報源になっている。
「他のスカンジナビア諸国に比べるとフィンランド語は不思議な言語。どちらかというとハンガリー語に近い」。かつてハンガリー人がアジアから来たフン族の末えいだと書いたことがあるが、フィンランド人も同じ遊牧民を祖先に持つ。会館が開講している語学講座も人気が高く、初級クラスは定員いっぱいだという。
装いを新たにした館内は、シンプルながら洗練された作りになっている。「寒い国の民族だから、僕たちはムダな装飾を好まない。機能的なデザインが重視される」とのこと。併設されることになったカフェの経営を仏米豪の業者に外部委託したのも、自分たちの食文化をフランス人の客に押しつけるのではなく、むしろ彼らに精通した業者にフィンランドの面白さを引き出してもらおうという合理的な判断からきている。
絵本を手にしながら、トゥーマスさんが母国語でアニメ「ムーミン」の主題歌の一節を披露してくれた。「ムーミンの家は夜でもあいている」。たしかに内装をみていると、極限までムダがはぶかれているが、それでいて、どこか温かみを感じる。飛び入りで入り込んできたのに、歓待してくれる。「Kiitos!(ありがとう)」。
宴もたけなわになってくると、トゥーマスさんが嘆いた。「パリに本格的なサウナがないのが残念だな」。その言葉に久々に温泉につかりたいな、などと思って外に出ると、秋口のパリの夜風が頬をかすめた。(康)
60 rue des Écoles 5e 01.4051.8909
www.institut-finlandais.asso.fr
Estelle’s Café : 47 rue Léon Frot 11e
01.4024.0124 www.estellescafe.fr
月〜土は昼と夜、日は夜のみ。
フィンランド料理専門店。親しみやすい雰囲気だ。