
カナダ・モントリオールの出版社「ボレアル出版」は10月21日、同社が出版した小説『C’était ça ou mourir』の執筆に著者テリソン・オレリアン氏が人工知能(AI)を使用したことが判明したとの声明を発表した。このため今後、同作品の重版はせず、同氏の作品を出版しない方針も明らかにした。
この作品はハイチ出身のカナダ人作家オレリアン氏の仏語小説で、カナダで今年3月に出版された。ハイチの歴史教師が暴動の頻発する地元を離れざるを得なくなり、ドミニカ共和国、ブラジル、メキシコなどを経由してカナダに亡命する話。祖国を去り生きる場所を模索する主人公の姿を描く。出版前から評判となり、最終的に約20の外国語への翻訳オファーがあったという。フランスでも8月にグラセ出版から発行されて、10月1日時点ですでに6万5000部を売り上げ、9月には書店と読者の選ぶFNAC小説賞を受賞。仏文学界最高峰のゴンクール賞をはじめ、ルノドー賞、メディシス賞にもノミネートされていた。しかし、9月末にXへの投稿からAI使用の疑惑が浮上し、ゴンクール賞の選考機関は9月末に同書を選考から外すことを決定。ルノドー賞はAIを使って書かれたことが証明されていないとして同書を第2次選考に残している。
ボレアル出版は、手稿の履歴をたどれず、AIを使って書いた確固たる証拠は得られなかったとしながらも、編集段階のいつくかのバージョンを集めて外部の専門家に分析を依頼したところ、一部の文書のメタデータからAIの痕跡が見つかったとした。同社は、どの程度AIが使われたかは依然として不明であり、明確な答えは出ないだろうと認めている。しかし、AIを全く使っていないと主張するオレリアン氏を疑惑発覚後も擁護していたのに、AIの痕跡の存在がわかったことから信頼関係が壊れたとしている。
文学におけるAI使用問題は出版界を揺るがせている。ガリマール、フラマリオン、カステルマンなど多数の出版社を傘下に持つマドリガル・グループは、来年1月以降、本の原稿をAI検出器にかける方針を示した。この決定について、2020年のゴンクール賞受賞作家エルヴェ・ル=テリエ氏は「AIが0%」はユートピアであり、「われわれは嘘と疑念の時代に入った」とコメント。アルバン・ミシェル社ではAI検出器を利用しているが、最終判断は人間が下す。一方、オプセルヴァトワール出版は、AI検出器を使うのではなく、作家と出版社の間でAIを使用しないという合意に基づいた「100%ヒューマン」ラベルを9月末に創設したと発表するなど、対応はさまざまだ。さらには、オレリアン疑惑を逆手にとるかのように、人とAIが協力して作り上げた優秀な文学作品に贈る「パスカル賞」がIT関連の起業家により創設され、第1回目の受賞作品が12月に発表されるという。
今回の件は、作家が大まかなテーマや指示だけを与えてAIに小説を書かせたということではないと専門家も指摘しているが、文学へのAI使用が増えていることは明らかだという。将来的に作家がAIを多用すれば作品は量産できるだろうが、「消費する」作品を読者は望んでいるのだろうか。AI検出器を使ってAI使用度を知ることに意味があるのか、編集者や読者がオリジナルで優秀な作品を判別できるのか、そのあたりに問題の核心はあるかもしれない。(し)
