
Kazuo Kitai, l’éloge du quotidien
日本の現代写真家はフランスでもかなり知られるようになったが、北井一夫(1944-)の名前は知られていない。本展が開催されることになったきっかけは、日本文化会館が、東京写真美術館所蔵作品の中からまだ欧州で知られていない写真家を紹介したいと、同美術館に働きかけたことだった。北井一夫は同館の重点収集作家で、1975年に創設された第1回目の木村伊兵衛賞を受賞した作家でもある。
2012年、写真、ビデオ、映画などの視覚芸術を紹介するパリの「ル・バル」で、1968年に創刊され、3号続いた写真同人誌「Provoque(プロヴォーク)」の展覧会があった。成田の三里塚闘争や学生運動のビデオや写真が紹介され、知らていなかった日本の現代史の一端を目の当たりにしたフランス人たちから好評だった。この時、北井の作品も出ていたという。
日本文化会館では、デビュー当時から現在までを時系列とテーマ別に紹介している。
写真家としてのデビューは、20歳の時に、米国原子力潜水艦の横須賀への寄港に反対する人々を撮って自費出版した「抵抗」だった。プロヴォークの写真の特徴に「荒れ・ブレ・ボケ」があるが、北井はプロヴォークに参加する前から、意図的にそうした写真を制作し、「抵抗」シリーズで使った。
日本大学写真学科に在籍中、日大闘争が起きた。1965年から68年にかけて、全国の大学で起きた学生運動は、大学の民主化などを求める新左翼の運動で、日大闘争もその一つだった。バリケードを作り、学生たちは校内に立てこもった。北井は、彼らと寝食を共にして、闘う場面ではなく、食事、洗濯といった闘いの合間の日常をカメラに収めた。写真家と被写体の間の物理的だけでなく同じ学生としての心理的な近さ、価値観の共有が感じられる。
闘う人たちの日常を撮るという姿勢は、自分達の農地を没収して成田空港を建設することに反対する地元農民たちの三里塚の闘いを撮ったシリーズ写真にも通じる。成田には3年通った。農民たちが自分の土地に穴を掘って立て籠った時、北井は逮捕されることも覚悟で一緒に籠った。北井だけが撮る事ができた穴の写真はスクープとなった。

1970−73年に、知らない地方を旅して、そこに住む人々を撮った「いつか見た風景」のシリーズは、どこかで見た事があるような何の変哲もない風景なのだが、強烈なノスタルジーを呼び起こす。「昔は良かった」的なノスタルジーではなく、平穏でありながら何か引っかかるものがあるノスタルジーだ。例えば、列車に乗って行商に行く女性を撮った作品。高度成長期に若い男性たちが都会に出稼ぎに行ったため、残った女性たちが稼ぐ手段の一つが行商だった。若い男性がいない村には高齢者と子どもだけが残った。東北の温泉地で、雪が残る道に、簡素な着物姿で立っている少年は素足に近いが、寒さに慣れているのか、嬉しそうに微笑んでいる。自分が置かれた状況の中で黙々と生きる人々の姿が印象的だ。北井は、高度成長で豊かになっていく社会の中にある小さなほころびを見逃さない。
1975年、「村へ」シリーズで木村伊兵衛賞を受賞した。稲刈りをする農民、小船で釣りをする男性・・・現代の日本ではほとんど見られない風景だ。満州生まれの北井は、想像上の生まれ故郷を、撮った写真に投影したという。
80年代、船橋市のベッドタウンで暮らす人々を市の注文で撮った。出勤するサラリーマンと、それを見送る家族。スナップショット的な撮り方で、隣の一家を撮ったような、程々の親密さがある。完成した写真集をモデルとなった人たちに贈呈に行ったとき、ほとんどの人がすでに引っ越した後だったという。

2005年以降、70代になり旅するのが辛くなると、ライカを持って散歩しながら撮影したり、室内でオブジェを撮るようになった。最新作は、「いろは」シリーズ。60年代に撮った写真をいったん手で破き、裂目を残して繋ぎ合わせたもの上にアクリル絵の具で「い」、「ろ」、「は」の一文字や、一、二、三の数字、丸・三角・四角の幾何学模様を描いた。「いろは」は、昔のかな文字の並べ方の最初の三文字。一、二、三も数字の始まりだ。これからも制作を続けていくという写真家の意志の表れのように感じられる。丸・三角・四角は、江戸時代の禅僧、仙厓(仙崖義梵 せんがいぎぼん)が描いた作品「○△□」の中の図形だ。仙崖の描き方とは異なり、形は塗りつぶされていることもある。仙崖の絵のミステリアスな要素を、北井の作品も引き継いでいる。(羽)7/25まで


Maison de la Culture du Japon à Paris
Adresse : 101 bis, quai Jacques Chirac , 75015 Paris , FranceTEL : 01 44 37 95 01
アクセス : Bir-Hakeim
URL : https://www.mcjp.fr/
日・祭日は休館。火-土 11h-19h。入場料:5€/3€。
