
実業家フランソワ・ピノー氏が収集した美術品を管理する「ピノー・コレクション」が運営する美術館「ブルス・ド・コメルス」には何度も来ているが、テーマ別に多くの作家の作品が並ぶため、見たものを咀嚼(そしゃく)できず、心に残らないことが多かった。今回の「明暗」展は、久しぶりに満足できる展覧会だった。
「明暗」は、西洋美術において、光の当たる部分と影の部分を対比させ、コントラストを強くすることでボリューム感や緊張感、劇的効果を出すことを意味する。展覧会では、その本来の意味を表した作品はもちろんのこと、象徴的に「明暗」を作り出した作品も展示しているので、あまりテーマにこだわらず、面白い作品を楽しんで見ていくことを薦めたい。

入ってすぐに目に入るのがドイツ現代美術の巨人、ジグマー・ポルケ(1941-2010)の作品だ。アルブレヒト・デューラーからインスレーションを得た作品などの後、一室を9枚の大きな絵で埋めた「枢軸時代」と題するシリーズが続く。枢軸時代は、20世紀ドイツの哲学者、カール・ヤスパースが唱えた、「紀元前800年から紀元前200年までの間は、偉大な宗教家や哲学者が世界中で次々と現れ、人類が精神的な目覚めを経験した時代である」という理論に基づいて制作されたものだが、会場の説明を読んで作品を見てもピンとこない。
ポルケは、ソ連の影響下にあった東ドイツから西ドイツに逃れ、デュッセルドルフの美術アカデミーで学んだ。やはり東ドイツから逃れてきたゲルハルト・リヒターは同期生だった。ラピスラズリのような昔の伝統画材と現代技術を駆使して制作した彼の作品は奥が深そうだが、これを見ただけでは奥に入れないのが惜しい。回顧展があれば、そこで多くの作品をじっくり見たい作家だ。

今回、発見したアーティストの1人は、上階で展示しているルーマニア人画家、ヴィクトル・マン(1974-)だ。テーマの「明暗」をこれほどわかりやすく表現した作家はいないだろう。薄暗い蝋燭(ろうそく)の光のもとで描かれているような人物(記事の冒頭の画像)。濃い緑の影が、この世のものではないような、ちょっと不気味な雰囲気を醸し出す。静かな風景でも、何か不穏にざわついている、不思議な魅力の作品だ。明暗で劇的な効果を作り出したカラヴァッジオ、精神の高揚と陶酔を表したエル・グレコなど巨匠のスタイルを取り入れ、かつ独自性を出している。ただでさえ薄暗い会場の奥には、光源を近づけないとはっきり見えないような暗い宗教画もある。気になったのは、人の頭の中に別の人の顔があり、その横に車輪を意味するロムの人々の紋章のような形がある「Umbra Vitae」だ。コミッショナーによれば、画家の妻がロムであるという。

Alina Szapocznikow, Filozof, 1965_2015AlinaSzapocznikow, Filozof, 1965, bronze, fonte de 2022, 137 × 25 × 31 cm. Pinault Collection. © Adagp, Paris, 2026. Courtesy The Estate of AlinaSzapocznikow | Galerie Loevenbruck (Paris) | Hauser & Wirth. Photo : Fabrice Gousset.
もう1人、強く印象に残ったのは、フランスで活動したポーランド人彫刻家、アリーナ・シュザポシュニコフ(1926-73)だ。ユダヤ人医師の家に生まれ、第二次世界大戦中は、強制収容所内の病院で働かされた。家庭環境と自身の体験から、体と臓器が彼女のモチーフになっている。自分の体の一部を型取りして作った作品もある。その彫刻は性的で、同じく彫刻家のルイーズ・ブルジョワ、マグダレーナ・アバカノヴィッチとの共通点が感じられる。自分の胸を型取りしたランプにははかない美しさがある、時代を感じさせない普遍性と前衛性、他の追従を許さない強烈な個性で、この人のことをもっと知りたいと思わせる作家だ(下の画像)。昨年、グルノーブル美術館で回顧展が開催された。

地下の展示室には、「暗」にふさわしい映像作品が2点並ぶ。一つは、聴力を失った晩年のフランシスコ・デ・ゴヤが、マドリッド郊外の自宅の壁に描いた「黒い絵」と呼ばれるシリーズ14作の詳細を、フランス人アーティスト、フィリップ・パレノ(1964-)が大写しにしていくビデオ 「ろう者の家 La Quinta del Sordo」。
プラド美術館に移された14枚を、元の家の描かれた場所にあるかのように3Dで再現した。ゴヤの家の中で絵を見ていく趣向だ。絵から死の匂い、先が見えない不安さ、人々の狂気が伝わる。人々の表情は暗さのまさった「明暗」で描き分けられている。耳が聞こえなくなって自分と向き合わざるを得なくなったゴヤは、どんな思いでこれらの絵を描いだのだろうか。堀田善衛の名著に、4巻にわたるゴヤの評伝がある。その4巻目の副題が「運命・黒い絵」だ。昔読んだこの本を再読して、堀田善衛ならどう解釈しただろうか、改めて確認したくなった。

もう一つは、パリ在住のウズベキスタン人映像作家、サオダット・イズマイロボ(1981-)が中央アジアで撮影した「太陽の中に溶けてMelted into the Sun」。地平線から登る黒い太陽、砂漠、ネガフィルムのように映し出される人々、ソ連時代、カザフで行われた核実験のアーカイブ映像と思われるキノコ雲のシーンなどで構成する。ストーリーも、初めも終わりもなく、音と音楽の境界線にあるようなサウンドが流れる、神秘的な作品だ。
地上階中央のロトンド(円形スペース)では、ピエール・ユイグ(1962-)が南米のチリの砂漠で撮ったSFのような映像作品「カマタ」を上映しているが、6月4日からは中谷芙二子(1933-)の霧の彫刻に代わる。(羽)

