政治風刺で知られる人気コメディアン、ギヨーム・ムーリス氏が6月11日、フランス公共ラジオ局「フランス・アンテール」から解雇された。ムーリスは同局の政治風刺番組「グラン・ディマンシュ・ソワール」の主要メンバーで、同局の様々な番組に12年ほど前から出演してきた。局外でもワンマンショー、舞台公演、著作など幅広く活動している。
10月7日のハマスのテロの後、イスラエルによるガザへの報復攻撃が激化するのを背景に、ムーリスは昨年10月末、前出の番組で「ネタニヤフは陰茎包皮のない一種のナチス」とジョークを放った。それがヴァンサン・ボロレ有する右派メディアCNews*、Europe 1**などから「ユダヤ嫌悪的発言」と批判された(*と**は、番組に極右の政治家や論客をレギュラー出演させ、移民やイスラムの人々に対する差別発言で処罰を受けながら視聴率をとり、フランス社会に極右思想を浸透させたことが問題視されている)。さらにムーリスは何者かによって「反ユダヤ感情を扇動した」と訴えられ、警察から事情聴取を受けた。メディア規制当局ARCOMがフランス・アンテールの大元ラジオ・フランスに警告を出した。
ところが検事局は4月22日、ジョークはユダヤ嫌悪的ではないと判断し不起訴とした。これを受けてムーリスは同番組に再出演し「フランス司法が初めて認めた私のジョーク!」と、ネタニヤフのジョークを再度言ったため職務停止処分に、6月11日には解雇となった。ムーリスはX(ツイッター)で「ブラヴォー!!極右のあなた方のイデオロギーの勝利です。」とSNSに投稿し、フランス・アンテールが極右系のC-Newsなどの圧力に屈したことを皮肉った。ムーリスらの番組は左派的見地に立った政治批判の笑いをとる番組で「公共放送のくせに政治を批判をするとはけしからん」と叩かれてきていた。
ムーリスのジョークを面白いと思うかどうかは人それぞれながら、例えばイスラムの預言者マホメットの風刺画がもとで「シャルリー・エブド」編集部が襲撃された後、多くの人が表現の自由を守ろうとしたのと、あまりに対照的だ。
ムーリスの番組の別の出演者、ジャミル・ル=シュラグは、ムーリスが職務停止となった時点で「CNewsのほうがフランス・アンテールよりも言論の自由が認められている。だって、CNewsは(極右政治家の)エリック・ゼムールが何度も有罪判決を受けても出演させるのに、フランス・アンテールは無罪のムーリスを処罰するんだから!」と揶揄し、観客の賛同の笑いと喝采を誘った。そして「公共放送はもう自分の居られる場所ではなくなった」からと、生放送の真っ最中に降板を宣言。他にも、ひとり、またひとりと、4人のコメディアンが抗議の降板をした。
この番組のプロデューサーで進行も務めるシャルリーヌ・ヴァノネケールはムーリスとは息のあった長年のパートナー。フランス・アンテール局自体がダントツ人気で、彼女も登場する朝のニュース番組「7/10」は視聴者が471万人のラジオの最強番組だ。彼女もムーリスも局には絶大な貢献をしているのだが、去年になって突然、毎日の放送枠が、週一回に減らされた。
10月7日のハマスによるイスラエルでのテロ以来、「表現の自由」周辺で不可解なことが多く起こっている。メディアで停戦を唱えたり、イスラエルの植民活動を批判する人は「ユダヤ嫌い」とレッテルを貼られる。パレスチナの支援デモは「公序を乱す可能性」があると禁止され、抗議活動をする大学生を政府が「危険な少数派」扱いする。「服従しないフランス」党(LFI)から欧州議員選挙に立候補したパレスチナ出身で法律家のハッサン氏とメランション氏の講演会も公序を乱すと禁止され、挙句の果てには選挙キャンペーン中にハッサン氏と、マチルド・パノ議員が「テロ擁護」の疑いで警察から事情聴取を受けた。
出演者を何人も失ったヴァノネケールは6月23日、「きょうは本当に最後の放送です」と番組の終わりを告げた。「私たちに起こったことは、明日、あなた方の会社や、活動する団体、家庭で起こることかもしれません。(極右が政権をとる可能性がある)7月7日以降は、私たちと同じ状況に置かれ、選択を迫られることになるかもしれません。…とどまるのか、出ていくか。内側から抗議するのか、外側から抗議するのか」と、今のメディアのあり方と、行方に警鐘を鳴らした。(六)