新型コロナウイルスによる世界規模の衛生危機は収まる気配を見せないが、すでに多くの国々が 「コロナ後の世界」を模索している。さまざまな分野の専門家たちが、コロナ以前とは姿を変えた超リベラリズムの到来や、ナショナリズムの名の下に権力を集中させた強権政治が台頭してくるだろうと説く。しかし、私たちが実際に対処していかねばならないのは、そのような政治経済システムに敵対しウイルス戦争に突入することではない。我々が今、考えなければならない問題は、パンデミックをいかに最小限に食い止め、再発を避け、同時に人々の自由を侵さないようにするかということだ。
私はパンデミックが起きる原因のひとつは「社会の構造」の問題だと考えている。過疎の農村部とは裏腹に、都市部は異常な人口過密状態にあり、人々はその中で、厳密に階層と職種によって分けられて住み、そのために多くの人が苦痛をともなう通勤を強いられている。交通機関運営が地方行政にとって経済的な負担なのはいうまでもなく、衛生的にも過酷な状況を生みだしている。そのような構造のあり方を、抜本的に検討し直す時期に至っていると思うのである。
環境の劣化による新型ウイルスの発生
すべてのウイルスが人体に有害なわけではない。ヒトの体内には多数のウイルスが生息し、ヒトと共存している。そのような状態では、それらのウイルスには異種間伝播の動きは見られない。しかし近年、野生動物を発生源とするウイルスが人間に感染するようになっている。多くの学者は、現在蔓延する新型コロナウイルスも野生動物を発生源だとしている。これまでにもウイルス性感染症は何度も発生しているが、HIV、エボラ、SARS、そしてコロナウイルスと、ここ数十年間その頻度が増している。これらの現象は、以下のような原因で生じる環境の劣化によると考えられる。
都市人口の増大によって、人の居住面積は異常に拡大されてきた。さらに農村部では大型農業の開発がすすめられ、単一農作物が広大な面積を占めるようになった。同時にそれを維持するために大量の農薬が使用される結果、動植物の多様性が損なわれ、それぞれの種の存続が危ぶまれるようになっている。すなわち、野生動物たちの活動領域が縮小され人間との距離が近くなり、人と動物との直接的な接触の機会が増えたのだ。
人類もその一部である自然界は、人間の諸活動によって均衡を崩している。大気・河川海洋汚染、水系地形の変動、森林の縮小、CO2の増大などがもたらす弊害は計り知れない。一番よく知られているのは地球の温暖化だ。異常気象、異常乾燥、生態系のバランス及び動植物の多様性の崩壊などの諸問題が発生している。しかしさらに大切なことは、この悪循環は増大し続けるという性格を持っており、この循環をどこかで断ち切らないかぎり将来の人類の健康を保障することはできないということだ。COVID-19の発生は、それらに対する警告とも言うことができる。
人々の健康を保障するためには、自然界の環境を健全に保持することが必須なのは自明の理である。動植物の多様性は、地球上の微妙な健全な環境を保障し、人類を含むすべての動植物になくてはならないものである。さらにそれらを保障するのは大地であり、空気、水であり、地球上のすべての存在だ。これらは奇跡とも言えるバランスを保ちつつ、すべて関連しているのである。しかし、現時点ではそのような視点は、一般的社会全般には十分に理解されていないように見える。COVID-19以降はその原因を深く掘り下げ、幼い人々にも理解できるよう啓蒙、教育することが必要になると思われる。
地球規模でのモノと人の流れによるパンデミックの助長
パンデミックの爆発的な流行は、消費者により安価な商品を提供するために地球上を縦横する物流をベースとした、無秩序なグローバリゼーションの結果ともいえる。大型観光も、ウイルスは人とともに移動するためパンデミックを助長する。多くの人が世界各地を訪れること、人口密度の高い都市部で人と人との接触が避けられないこと。このふたつの要素がウイルスの伝播を助長している。
都市構造による格差拡大がもたらすもの
都市及びその近郊では、職場と住まいが離れているために、自動車による移動や、公共交通機関の混雑を生み出している。これは社会的な階層隔離によって生じている。パリ近郊セーヌ・サン・ドニ県では住民のためにたくさんの雇用を作り出すべきだろうし、ラ・デファンスには、ビルの清掃に携わる人たちがその近くに住めるようにすることが望ましい。さらに、現時点で通常オフィスで働く人たちの職種の多くはテレワークが可能になっているのだから、人々や都市に過重な負担をかける通勤を減少させることが望ましい。そうすることによって巨大都市内の過密な人と人の濃厚接触の一部を緩和させることができる。
地域別の感染数値の比較から、低所得者層が多く住む地域にウイルス感染者が多いことが確認されている。現在の国土計画や都市政策はむしろ、社会的格差を拡大させている。多くの国において、科学的、政治的な見地より、さらに人々の健康よりも、経済が重視されている。例えば、経済効率の低い過疎地帯には十分な医療、公共交通機関などが不足しており、その地域の住人たちは、社会からの疎外に甘んじるか、都市の劣悪な居住空間への移動の選択を強いられる。さらに世界情勢の不安定は多くの流浪の民を生み出し、都市へ流れ込むという状況にあり、問題をさらに複雑にしている。
今回のコロナ禍に際して、現行の都市政策が「人口過密がウイルス伝播を助長する」ということを理解しながらも、その問題を本質的に解決しようと考慮していないことは明らかである。1960年には世界の人口は30億人で、都市部に住むのはその30%に過ぎなかったが、2017年には全人口は70億人になり、その55%が都市部に集中している。今こそ、幾何級数的に人口が増え、巨大化し、様々な構築物に覆われた人工的空間が無秩序に拡大し続ける都市に関して本質的に分析をし、その新しいあり方を再考するべきときが来ているのではないだろうか。
成瀬 弘 (なるせ・ひろし)
1972年に来仏し、ジャン・プルーヴェ事務所に勤務。
1973年にレンゾ・ピアノとリチャード・ロジャースの建築設計事務所「ピアノ&ロジャース」 に入社し、77年までポンピドゥセンターの設計に参加する。1982年Atelier Preuss-Naruse、1994年Atelier Kabaを設立。
http://www.atelierkaba.fr/