モーパッサンの出世作『脂肪の塊』。
師匠も太鼓判を押しました
モーパッサンが30歳の時に上梓した『脂肪の塊』は、1870年の普仏戦争*を主題にした作品を集めた『メダンの夕べ』に収められた。ゾラやユイスマンスも寄稿する中、この作品が最も注目を浴び、文壇から高い評価を得ることになった。師のフロベールもすっかり感動して「これは傑作だ。そうとも、青年よ!これは名人の手になる作品で、それ以上でもそれ以下でもない。着想は独創的で、しっかりと理解された上で見事に表現されている。風景と登場人物が照応しあい、心理描写もすばらしい。この作品は、必ずや後世に残るだろう!」と、手紙を書き送った。
作品には、まず、フランスを破ったプロイセン兵がルーアンに侵入してくる場面が描かれている。「フランス軍が通過した次の日の午後、どこからともなく出てきた数名の槍騎兵(そうきへい)が、あっという間に町を駆け抜けた。やがてしばらくたつと、黒服の密集部隊がサント・カトリーヌの丘の斜面を降りてきたが、また別に二手の侵入軍がダルネタルとボワギヨームの街道からも現われた。三つの部隊の前衛は、ちょうど同じ時刻に市長の広場で合体した。と、その近くのあらゆる町筋からドイツ軍が到着し、固いリズムのとれた足で敷石を踏み鳴らす部隊があとからあとからつづいた。」(水野亮訳)
続いて描かれるのは、「脂肪の塊」というあだ名をつけられた太った娼婦が、敵兵から逃れるためにディエップまで馬車で旅をする間の出来事。愛国心にあふれる誇り高いこの娼婦は、ワインの卸商人、県会議員、伯爵、自称民主主義者、尼さんなどと旅をすることになるが、この一見立派な面々が、旅が進むにつれて汚い本性を現わしていく。社会的地位の高い彼らが「脂肪の塊」に見せる冷酷さは、モーパッサンがブルジョワ階級に抱く嫌悪感の表れだ。やはり反骨精神にあふれるフロベールはその描写をひどく面白がり、「君のブルジョワ達のなんて滑稽なこと!
誰一人として書きそこないはない。コルニュデが国歌を口ずさむ中、可愛そうな娼婦がすすり泣きをしている場面は崇高だ。僕は君に15分でもキスを送りたい。いやはや、本当に僕は満足している! 作品を満喫したし、大好きだ」と手放しで賞賛し、愛弟子に対してはじめて親しみをこめたチュトワイエで語りかけている。