生け花、墨絵、書道、茶道、陶芸…、これらの日本の伝統芸術の腕を磨き続ける女性がいる。彼女の名はSandra Betancourtサンドラ・ベタンクール。日本人でもフランス人でもない、コロンビア人だ。初めて日本を訪れたのは1991年。コロンビアの国立美術学校在学中に油絵の展覧会に招待されたのがきっかけだった。滞在数日で日本の魅力にとりつかれた彼女が、日本の伝統芸術にのめり込むのに時間はかからなかった。再び来日した彼女は5年間の京都滞在で家元を渡り歩き、前述の伝統芸術を習得した。陶芸の家元では女というだけでほとんど構ってもらえなかったが気にしなかった。カルチャーショックよりも陶芸の魅力のほうが遥かに上だったからだ。全く話せなかった日本語は、5年後には驚くほど上達していた。2002年、滞在中に出会ったフランス人と渡仏。伴侶の地元、フランシュ・コンテ地方のSt Sauveurという町に 日本芸術文化協会Association Art et Culture Japonaisを立ち上げた。「ここは、日本人を真似たり、日本っぽい物をなんとなく作ったりするところではありません」。そう彼女が断言するように、協会の目的は
「日本の真の芸術を通して自分自身を見つめ生活を豊かにする」ことにある。生まれも育ちも日本のくせに伝統芸術はちょっと齧(かじ)ったことがある程度の私などは、逆に生徒として入門したくなるようなコンセプトだ。彼女の書道や墨絵の腕前は、これまでに参加した展覧会で受けた数々の賞が実証している。作品のスタイルは様々で、一枚の半紙の上に草書体がバランスよく並んでいる古風なものもあれば、アルファベットを横書きで大胆に書いたアバンギャルドなものまであって頼もしい。「書道では手首ではなく腕と肩を使います。だから立って書くのです」。彼女が書道教室で必ず言うことだ。私が小学校の頃に座って書いていたアレは一体何だったんだろうと思ってしまう。協会で彼女の手ほどきを受けた生徒の数は十数年で300人にのぼる。「少ないです。でもかれこれ10年以上通い続ける熱心な生徒も少なくありません」。彼女が信頼されている何よりの証拠だろう。今後も彼女の周りでは新しいプロジェクトが目白押しだ。学校や老人ホームで行う出張教室、詩人と音楽家と作る書道の共同作品など、日本の伝統芸術に対する情熱は尽きない。(り)