「私はシャルリー」

1月12日付レキップ紙。Illustration : Bernard Chenez
1月12日付レキップ紙。Illustration : Bernard Chenez
 2015年1月7日。フランス全体が、恐怖に包まれた。風刺週刊誌〈シャルリー・エブド〉の編集部をテロリストが襲撃し、いとも冷血に、いとも手際よく、数世代のフランス人をうならせてきた著名な画家たち、記者、経済学者ら10人、そして護衛に当たっていた警察官2人を殺害した。その後も警察官が一人、ユダヤ食品店での人質立てこもりで、人質4人が命を落とし、この3日間で、17人が亡くなり、多くの負傷者が出た。
 警察の突入によりテロリストたち3人も命を落とした。彼らは「本物の」イスラームを標榜(ひょうぼう)しつつ、預言者ムハマンドの風刺画を掲載したこの週刊誌と、フランス国家を象徴する警察官と、ユダヤ人を標的にした。
 フランス社会は、彼ら3人がフランス人であることにも震撼(しんかん)した。彼らは、他のフランスの子どもたちと同じように、共和国の教育を受け、社会保障制度に守られ、自由を約束する法律のもとに生きていたはずだった。なのに、フランス共和国はいつしか彼らを見失ってしまったのだ。彼らが育った町の中で、学校や服役していた刑務所の中で、ジハード(聖戦)戦闘員をつのる蒙昧(もうまい)な「イスラーム」が陰を落とす。
 怒りの声がフランスと世界中で湧き上がった。〈シャルリー・エブド〉は権力と権力者、「社会秩序」とされるもの、あらゆる権威—もちろん、宗教も含めて—をやり玉にあげてあざけり笑う、というフランスが長く培ってきた伝統から生まれた風刺誌だ。
 風刺、批判と卑わいな冗談は、ラ・フォンテーヌ、ヴォルテールらが「自由」の土台を築いた時代から民主主義の支柱となり、共和国の憲法は、この表現の自由を保障しているのだ。
 「Je suis Charlie  わたしはシャルリー」の動きとともに〈シャルリー・エブド〉は、この雑誌の論調に賛同しない人たちにとっても、そして「名誉毀損」として彼らを法廷に訴えた人たちにとっても、表現の自由を体現するものとなった。ヴォルテールは「私はあなたの言うことに賛同しないが、あなたがそれを言う権利のために闘う」と言った。まさしく、この言葉のために、フランスや世界の国々で数百万の人々が行進をし、それを守ろうと誓ったのだ。
 オヴニーはかつて、フランスの出来事に関する記事の中で、〈シャルリー・エブド〉の風刺画を掲載した。おかしく、衝撃的でもあり、時に詩的でもあった。〈シャルリー・エブド〉の表紙の絵には、笑わされ、ショックを受け、また考えさせられた。また私たちの文化スペースであるエスパス・ジャポンでも1980年代末期に、フランスと日本の風刺画家たちの作品を集めて展覧会を企画した。オヴニー編集部は、自由を擁護したいと思うすべての人たちと同じ深い悲しみ、強い憤りを感じている。そして、文化とユーモアを分かち合えるような新聞をつくり続けていきたいと願っている。(ダン)

 

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