コプト正教会爆破事件。

 12月31日から元日にかけて、エジプトのアレクサンドリアのコプト正教会前で起きた爆破事件は死亡者21人、80人余の負傷者を出した。イスラーム過激派によるコプト教徒に対するこのテロ事件は、昨年10月31日、アルカイダ・グループがバグダッドのシリア正教会聖堂のミサ直前に信徒に向かって無差別に銃撃し、女・子供を含む40人余の犠牲者を出したテロ事件に次ぐもので、北アフリカ・中東のカトリック及び東方正教会存続への危機感が強まっている。
 エジプトのコプト正教会の起源は世界で最も古く、西暦42年頃、マルコがアレクサンドリアに世界で初めて教会を建てたのに由来する。451年カルケドン公会議はキリストに神性と人性を認める両性説を採用したがコプト正教会は単性説を貫き、カルケドン派から分かれ、アルメニア使徒教会、シリア正教会、エチオピア正教会などとともに非カルケドン派となった。今日、マグレブ・中東の1500万人のキリスト教徒の中で500万人はカトリック教徒、エジプトのコプト教徒は人口8千万人の7~10%、約600万人いる。
 1928年エジプトで結成されたムスリム同胞団勢力の隆盛(05年議会選挙で議席の1/4を獲得)、先鋭化するなかで、ムバラク政権は武装グループのジハード団とも関係のあるサラフィスト派にも妥協姿勢を示し、エジプト社会のイスラーム原理主義勢力による浸食を防げなかったよう。
 イスラーム過激派にとってカトリックも東方正教会もコプト正教会も西洋文明の代弁者であり、アッラー以外の神を信じる「エトランジェ」として扱われているという。80年代以降、エジプト社会のイスラーム化が進むなかでコプト教徒は宗教的社会的差別を受け、イスラーム過激派によるポグロム(ロシアで行われたユダヤ人迫害ジェノサイドと同様の迫害)がくり返されている。彼らは同民族でありながらコプト教徒であるが故にイスラームへの改宗か死か脱出の道しか残されておらず、西洋諸国への亡命希望者が急増。他の国も同様に、10年前にイラクに120万人いたアッシリア・カルデア東方正教会教徒は今日その半数の60万人。半世紀前にシリアの人口の50%を占めていたキリスト教徒は現在6%…。今までムスリム社会と西洋文明の仲介役を果たしてきたキリスト教、東方正教会のマグレブ・中東での消滅は時間の問題ともみられている。
 昨年ヒットした映画『Des hommes et des dieux  神々と男たち』(写真)は、アルジェリアの内紛中、1996年3月26日から27日にかけて、アトラス山脈の小村のシトー教会のフランス人修道士9人のうち7人がイスラーム武装団に誘拐され、山中で喉をかっ切られた集団殺害事件を扱っている。15年前のこの事件は、今日イスラーム諸国で強まっているキリスト教徒排斥運動への伏線上にあったといえないか。(君)


 

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