フランスの映画によく出てくるように、人が亡くなると、たいがいは墓地に穴が掘られ、そっと棺が引き下ろされて、参列者がそれぞれバラの花などを一本ずつ棺の上に投げ入れ、神父が死者への祈りをそえるシーンを思い浮かべるだろう。田舎ではまだそうした埋葬式が行われているようだが、最近の統計によると、都会では本人や遺族も50%近くは火葬を希望しているという。
日本では伝統的に荼毘(だび)に伏され遺骨が土に戻っていくのが成仏するということなのだが、フランスでもキリスト教信仰の希薄化の影響などもあり、徐々にだが遺体に対する考え方が変わって来ているようだ。
代表的なペール・ラシェーズ墓地の歴史や火葬について追ってみたい。
構成・文:小沢君江 写真:高地良幸
墓碑銘épitaphe
火葬で遺灰が撒かれるようになると、墓碑銘というものも消えていくことになるのだろうか。 有名な墓碑銘をいくつか紹介。
Ingrate patrie, tu n’auras pas mes os.
恩知らずの祖国よ、お前は私の骨をもらえない。
>大スキピオ(前235-前183)古代ギリシャの政治家、軍人。
Ci-gît un fameux Cardinal
Qui fit plus de mal que de bien
Le bien qu’il fit, il le fit mal
Le mal qu’il fit, il le fit bien.
名高き枢機(すうき)卿ここに眠る。
善事より悪事が多く、
その善事はやり方が悪く
悪事だけはうまくやった。
>リシュリュー(1585-1642)政治家。この墓碑銘は同時代の貴族、イザック・ド・バンセラッドの作。
Passant, ne pleure pas ma mort
Si je vivais tu serais mort…
通りがかりの人よ、私の死を悲しむな。
私が生きていたらお前は死んでいる。
>ロベスピエール(1758-1794)フランス革命直後の恐怖政治の立役者。断頭台で処刑される。
Mes chers amis, quand je mourrai,
Plantez un saule au cimetière.
J’aime son feuillage éploré ;
La pâleur m’en est douce et chère
Et son ombre sera légère
À la terre où je dormirai.
友よ、私が死んだら 墓に柳を植えておくれ。
私はその泣きくれたような葉を愛し、
その淡い色が私には優しく、とおといのだ。
そして私が眠る土の上に落ちる
葉影は軽やかだろう。
>アルフレッド・ド・ミュッセ(1810-1857)詩人。
Je n’ai jamais rien demandé, la vie m’a tout donné. J’ai fait ce que j’ai pu, j’ai peint ce que j’ai vu.
何も望まなかった、人生がすべてを恵んでくれた、できるだけのことをした、見えるものを描いた。
>モーリス・ド・ヴラマンク(1876-1958)画家。
Je vous l’avais bien dit que j’étais malade !
病気だと言っていただろう!
>グルーチョ・マルクス(1890-1977)俳優。
(翻訳:真)